2016年6月26日 (日)

鎌田實の一日一冊(290)

「パシュラル先生の四季」(はらだたけひで著、冨山房インターナショナル)
はらだたけひでさんの絵が好き。
以前「週刊朝日」で3年ほど連載したとき、はらださんが鎌田の絵をかいてくれた。
パステル調のこの絵を見るのが毎回、楽しみだった。
哲学者パシュラル先生が、林に入り、迷子の卵を見つけたりする。
特別なストーリーはない。
絵と絵の間にある隙間を、想像力で埋めたくなる楽しい絵本だ。
パシュラル先生が大きな木をくすぐる絵がある。
大きな木は何を感じているのだろう。
パシュラル先生は何を考えて、木をくすぐっているのだろう。

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川のほとりでお昼寝をしたり、自分も一本の木になろうとする。
自然のなかで生かされている自分を感じたりする。
いちばん好きなのは、夜空の窓に梯子をかける絵。
想像力は偉大だ。
疲れたときなど、何度も何度も、見直したくなる。
「意味」は自分でつくればいい。
隙間だらけのいい絵本だ。

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2016年6月25日 (土)

鎌田實の一日一冊(289)

「産科が危ない 医療崩壊の現場から」(吉村泰典著、角川書店)
著者は日本産科婦人科学会の前理事長で、慶応大学医学部名誉教授。
実に明快な人である。
慶応大学で生殖医療に取り組み、日本の先頭を走ってきた。
非配偶者間人工授精(AID)は、不妊治療をしているクリニックの一大産業になっている。
少子化対策として、国にお金がたくさんあるなら助成をつけてもいいが、
限られた予算ならば、出産育児一時金などをもっと増額したほうが有効だと考え、
出産育児一時金制度を38万円から42万円に増額した。

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非配偶者間人工授精は、精子提供者の精子を使う。
そのため、生まれた子どもにしてみれば、自分の父親がわからない。
吉村先生は、精子提供者を秘密にすることが大事だと思ってきたが、
AIDで生まれた子どもが自分の親について悩んだり、親と思っていた人に嘘をつかれていたことに悩んだりしていることを知り、
子どもが希望する場合は、できるだけ経過を説明したほうがいいと、考え方が変わったという。
今は病院も、精子提供者の情報を求められたときにこたえられるよう、きちんと記録を残すべきと考えるようになった。
技術の進歩で顕微鏡受精もできるようになった。
元気がよさそうな精子を顕微鏡下で選んで受精させるという技術である。
しかし、通常の妊娠のように、1億個の精子のなかから卵子に到達することがとても大事だという。
命の尊厳についても考えている。
東日本大震災の後、産科がピンチに陥った。
学会を通して、3つの大きな産科の産科医を長期間サポートしてきた。
対談で、「総合医の研修で、女性の医師が子宮頸がん検診などができるようになれば、産婦人科の負担が少しは減っていくのではないか」と提案すると、
大賛成、そういう新しい時代になってきた、と吉村先生はこたえてくれた。

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2016年6月24日 (金)

地域包括ケアシステムとは何か26

東京から来た患者さんは、前立腺がんで骨転移がある。
がん性骨髄症で血液がつくれなくなり、極端な貧血を繰り返している。
東京の病院で、厳しい余命宣告をされた。
本人の希望は、「蓼科の山荘で最後を過ごすこと」だった。
3日間、諏訪中央病院の緩和ケア病棟に入院し、その間、在宅ケアの準備をした。
以前から鎌田の本を読んでいたと聞いて、看護師が「もう2、3日すると鎌田先生の回診がありますよ」と伝えたが、
「一刻も早く、自分の別荘に行きたい」ということで退院していかれた。
その報告を聞きながら、緩和ケア病棟の片岡先生と訪問診療をしている奥先生、京都大学からきている研修医の4人で、
訪問診療の軽自動車に乗り、蓼科まで行った。

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玄関のドアを開けた瞬間、奥さんが驚いた顔をし、涙目になった。
緩和ケア病棟で診たくれた医師と鎌田が来たことに驚いたようだ。
すでに、諏訪中央病院ではない、民間の訪問看護と訪問リハが入っている。
地域包括ケアは、公のサービスと民間のサービスを、垣根なく展開できるのがいいところだ。
前日の訪問リハでは、若い男性の理学療法士が患者さんの要望にこたえ、一緒に入浴した。
山荘には、温泉が引いてあり、それが自慢のようだった。
理学療法士も、裸になって、一緒に入ったという。
2人で温泉に入っている写真は、iPadで東京にいる娘さんや、往診医、訪問看護師らが共有してみた。
ぼくも写真を見たが、こんな幸せな写真はないのではないかと思うくらい、いい笑顔をしている。
患者さんと奥さんから「ぜひ、温泉に入っていってください」と強く勧められた。
心の中では迷った。
しかし、ぼくと奥先生と京大の医学部の学生は、えいやと裸になって入れてもらった。
43年間、在宅医療をやってきたが、こんなのは初めてだ。
人工肛門の患者さんたちとよく温泉に行ったが、患者さんのお宅で風呂に入るのは初めてだった。
患者さんも、奥さんも喜んだ。
なんか「裸の付き合い」ができている。
おそらくこういう空気にしてくれたのは、先に入ってくれた若い理学療法士のおかげだ。
地域包括ケアは、こういう人間関係を、地域に根差した形で築いていくことを可能にしてくれる。

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