2008年8月17日 (日)

介護の日記念講演会

11/11夕方  シダックスホールにて
「介護の日記念講演会」が行われます。

厚生労働省が、今後11/11を「介護の日」と決め、介護されている方のご苦労に報いよう、そして介護されていてもイキイキと生きようというメッセージを送りたいとしています。

厚生労働省の担当課長補佐と打ち合わせをして、舛添厚生労働大臣との対談を検討中です。
対談企画はまだ決定ではありませんが、鎌田實が出演することは間違いありません。
ぜひご参加ください。

主催は、「がんばらない介護の会」です。
4年前から9月に介護の日を設定して勉強会などさまざまな活動をしてきました。
それが国に認められ、大きな発展を遂げることができたのです。

2008年8月16日 (土)

良心の囚人ブラダンコチ

プラハから1時間ほど車で走って古城カールシュタイン城を訪れた。
カレル1世が神聖ローマ帝国カール4世に就任し、チェコが神聖ローマ帝国の中心になっていく輝かしい時代に居城とした城である。
農業国チェコを思わせる、広々とした緩やかな丘や森を抜けると、カールシュタイン城があった。

ブラダンコチとはレコーディングスタジオを借りる話し合いをしたり、着々とレコーディングに向けての準備をしている。

来年3月13日、ブラダンコチのコンサートを東京で行う。

彼は2度に渡って徴兵を拒否し、監獄に入れられた。
拒否した一つ目の理由は、人を殺すことはできないと思ったから。人を愛したいと思っていた。
もう一つの理由は、自分の良心を欺いたりごまかしたりすることはできないと思ったから。

奥さんのハンナに、徴兵を拒否したときどんな思いでいたかと聞いた。

「夫と気持ちは一緒だった。何度もディスカッションして、私も夫と同じ気持ちになっていた。恐ろしい国だ。友達が去っていくことも覚悟していた。でも夫の判断が正しいと思った以上、どんなに国に踊らされても、何を失っても、夫の正しい判断を守ろうと思っていた。トーマスは3歳だった。収入もなくなり苦しかった」

Image094その後娘のルシアが生まれた。今バイオリンを学んでいる。
みんなが苦しみを知っているから家族は仲がいい。すべてのことを話し合い、すべてのことを理解しあっている。

日本のピアニストをプラハに送り込み、弦を中心にしたCD作りに取り組んでいる。迫力があり、染み渡るように温かで、魅力的なCDができそうだ。まちがいなくすごいCDになると思う。楽しみにしていてほしい。

インドで赤ちゃんを作る

インドには以前から腎臓村があり、貧乏な若者が結婚する際に二つある腎臓のうち一つを売って、外国のお金持ちの腎臓移植を成立させてきた。インドでは、代理出産が法律で認められている。

日本人夫婦が海外で代理出産をすることは、日本学術会議が原則禁止をうたっている。

愛媛県の42歳の男性医師と妻はインドに行き、インド人女性と代理出産契約を結んだが、その後夫婦は離婚してしまった。
男性の精子と不明の卵子を使って受精卵を作り、インド人女性の子宮を使って子供が生まれた。
インドには、独身男性が女の子を養女に迎え入れることはできないという法律がある。

こんなことまでして子供をもたなくてはいけないのだろうか。

ぼく自身、岩次郎夫婦に1歳のときにひきとられた。
ぼくのように、親が子供を育てられない行き場のない子どもたちはたくさんいるはずだ。
そんなに子どもがほしいなら、そういう子どもを引き取って育て、その子の成長に喜びを見出せればそれで充分ではないだろうか。

男性医師の母が今、その赤ちゃんの面倒をインドでみているという。
子どもにとっても、こんな複雑な生まれ方をして本当にいいのだろうか。
足るを知るとか、ほどほどとか、何か大切なことをぼくたちは忘れているような気がする。

科学の進歩とお金で何でも解決ができる。心が少し傲慢になっているように思う。
ときに人はあきらめること、求めないことも大事である。
求めすぎない中に、幸せは隠れているような気がする。
求めても、求めても、求めても、欲望はキリがない。

「いい かげん」が大事なのだ。
「いい加減」は許されないが、「良い加減」は許される。

がんばって、がんばって、がんばって、全力投球して欲しいものを得るより、ほどほどの加減をもう一度思い出したほうがいい。

「良い加減」な生き方が大事なのである。

2008年8月15日 (金)

がんばらないレーベル第3弾

来年の春3月、がんばらないレーベル第3弾CDを発売する。今回は、良心の囚人ブラダンコチのクラッシックCDである。プラハでそのCDのプロデュースに取りかかっている。

Image095 日本でたくさんの方にCDを買っていただくために、日本人の好きな曲を選ぼうと思っている。

ブラダンコチがチェロの指導をしているプラハ音楽院の1900年代初頭の学長はドボルザークであった。そのドボルザークの「新世界」より「家路」、サラサーテの「ツィゴイネル・ワイゼン」、濃厚なアルゼンチンタンゴ等を、3本のチェロと1本のバイオリンで奏でようと計画している。もちろん「鳥の歌」も入れる。「故郷」「浜辺の歌」など日本の曲も加えたいと思っている。

ブラダンコチの別荘でミニコンサートを聞かせてもらった。アメリカのジュリアーノ大学院でチェロを学んでいる息子のトーマスが帰ってきていた。トーマスは今人生に迷っているという。ずっと音楽ばかり勉強してきて、周りから認められるようになった今、オレゴン大学の医学部の受験に合格した。来年から医学部へ通い、医師の勉強をしようと思っているという。ぼくはシュバイツナーのようだと思った。シュバイツナー医師は、アフリカでたくさんの恵まれない人を助けながら、有名なオルガン奏者でもあった。

同じくジュリアーノでバイオリンの勉強をしているアメリカ人のガールフレンドも連れてきていた。将来を約束しているらしい。彼女は優秀なバイオリニストだった。しかしバイオリンを弾けなくなってしまったという。人間の心は複雑である。普段の生活はなんでもできるのに、バイオリンに触れても指が動かない。彼女も今、医学部入学を目指しているという。
トーマスは彼女のために神経学者になりたいという夢を持っている。

300ヤードも飛ばすゴルファーが、30センチのパターが打てなくなることがある。あまりにも夢中になり、やりすぎた結果、バイオリンが弾けなくなってしまったのだろう。いい加減がちょうどいいのだと思う。

*10月24日、集英社から新しい本の出版が決まった。タイトルは「いい加減がいいのだ」
  お楽しみに。

フェルメールとデルフト

Fe_diana 先週、東京上野の東京都美術館で「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」を見た。フェルメールの絵が7点飾られていた。実際には1点は「絵画芸術」という絵が、作品保護のため出版不能となっていたが、見ごたえのある絵画展だった。

17世紀、フェルメールの時代、オランダの小さな街デルフトでは、画家達の間で透視法という手法が盛んに用いられていた。それがフェルメールの絵のダイナミズムを生み出しているような気がする。

同時代の人たちの絵と比べてみると、フェルメールの力量がますますよくわかる。
皆同じように透視法を使いながら、心を動かされる量が違う。何かが違うのだ。
他の画家達の絵も透視法を使っているなというのはわかるのだが、フェルメールの立体感には到底及ばない。光の濃淡のみごとな使い方が、フェルメールの絵の存在感に厚みを増しているように思った。

先月デルフトの街を歩いたので、デルフトの画家達が描いた風景が、なんとなくわかるような気がした。
凸面鏡や、凹面レンズなどを使いながら、遠近の妙を確信しながら描いていた可能性が高いと推測されている。
顕微鏡の完成者で光学機器に深い知識を持っていたアンソニー・ファン・レーウエンフック(1632-1723)は、デルフト生まれである。透視箱という新しい器具も作られた。デルフトの画家たちがなんらかの影響を受けていた可能性はある。今でいう広角レンズで切り取った絵と言えばいいのだろうか。

たくさんのデルフトスタイルの絵が生まれ、その中で群を抜いて才能を発揮したのがフェルメールであった。今回の展覧会でそれがよくわかった。

Fe_letter_2特に感動したのは、「手紙を書く婦人と召使」。これはすごい。
相変わらず窓から日が差し込んで、手紙を書く女性のふくよかな存在感が見事である。床に落ちたくしゃくしゃになって手紙と、赤い封印が、繊細に描き出されている。手紙を書く女性の胸元の影の作り方などは、感嘆に値する。

Fe_komichi 「デルフト眺望」のモデルとなった街、デルフトで実際に訪れて、今もフェルメールの見た街が残っている感じがした。今回見た、「小路」という作品も、デルフトの街を彷彿させる絵であった。おそらくいくつかの風景を合体させたようなフェルメールが頭の中で再構築した風景画なのだろう。
二人の女性がみごとに風景の中に溶け込んでいる。椅子に座っている女性、路地の遠く向こうで掃除をしている女性、古びたレンガの中にぬりこんだ白が映えている。
オランダの美しい雲が浮かんでいる。この雲はいまも変わらないように思う。

Fe_lute 「リュートを調弦する女」のモデルは、「少女」に出てくる女性に似ている。
「少女」は、レンブラントと同じように、お金を稼ぐため、誰かお金持ちのお嬢さんをモデルにして描いているのではないかと思った。
そして、フェルメールの最高傑作「真珠の耳飾の少女」は肖像画ではなく、その女性にデフォルメをほどこしながら理想の少女に仕立て上げたのではないか。と勝手な想像をした。

Fe_diana_2Fe_malta_2「マルタとマリアの家のキリスト」
「ディアナとニンフたち」
当時の有名な画家レンブラントたちが描く他の宗教画と似ているところもあるが、フェルメールが描くと何か不思議な温かさを感じる。

Fe_wine 「ワイングラスを持つ娘」は、ステンドグラスの開いた窓からさしこむ微妙な光が絵の中にみごとに表現されている。
若い女性のドレスが広がり、ドレスの一つひとつのヒダやヒダの向こう側にある影がすばらしい。テーブルに広げられたナプキンのしわもまた見事である。
少女に話しかける男の髪の毛の一本一本、そしてその男の羽織っているマントの襟の光の当たり具合、女性が持っているワイングラスの輝き。
なんとも絶妙な形で描かれている。

Fe_virginals 「ヴァージナルの前に座る若い女」は、フェルメールの作品の中では、どちらでもいいなと思うものだった。

この一月半ほどの間に、17点のフェルメールの絵を見てきた。
圧倒的にすばらしかったのは、マオリッツハイスで見た「真珠の耳飾の少女」と「デルフトの眺望」。
この2点がぼくの大好きな作品である。

いつか「牛乳を注ぐ女」を見たい。会えるのを楽しみにしている。

カフカのプラハをさまよう

Image089 グレゴール・ザムザはある朝なにやら胸騒ぐ夢が続いて目覚めると、
ベッドの中の自分が一匹のばかでかい毒虫になっていることに気がついた・・・

フランツ・カフカはこの街で「変身」を書いた。
ぼくはいまカフカがさまよった街プラハに来ている。

Image091_2明け方いつものように起きだすと、カフカの街を歩いた。

小路がみな曲線を描いている。夜明けの薄明かりの中、モルドバ川まで散歩して、ホテルになかなか戻ることができなかった。ぼくはプラハの旧市街で迷子になってしまった。

カフカの匂いを感じながら、やっとのことでホテルにたどり着いて、もう一度ベッドにゴロンと横になった。ウトウトしながら、カフカの文章が頭の中に蘇ってきた。

甲羅のような硬い背中を下に、仰向けで彼は寝ており、ちょっと頭を持ち上げると、
丸く盛り上がった褐色の弓なりにいくつもの環節にわかれた自分の腹部が見えたが、
てっぺんには掛け布団がいまにもずり落ちそうになりながら、かろうじてなんとか踏みとどまっている。

プラハの朝に包まれて、ぼく自身が毒虫になっていくような感じを覚えた。

Image092朝ごはんを食べ、太陽の上がったプラハ城を散策し、一番楽しみにしていた黄金小路に入った。かつて錬金術師たちが生活していたという小さな小屋が並んでいる。頭をぶつけそうなくらい小さなドアを開け中に入ると、なんとも不思議な空気が漂っていた。

ダウンタウンの喧騒の中では小説を書くことができなかったカフカは、この黄金小路の小屋を借りて、昼間はサラリーマンとして働き、夜は小説を書き綴っていた。

カフカはプラハであり、プラハはカフカであるという言葉を聞いたことがある。プラハがあったからこそ、カフカはあの名作を書いたような気がする。

Image093 不思議な迷宮、美しい街。
どこまでも迷路のような道が続いている。
とてつもなく美しく、とてつもなく大きい。

不思議な街をぼくは今さまよっている。

2008年8月14日 (木)

温暖化と原発

アル・ゴア元副大統領の「不都合な真実」は地球温暖化に大きな警鐘を鳴らし、ノーベル平和賞を受賞した。
しかしなんとなくぼくは好きになれず、ベストセラーになった本も映画も見たいとは思わなかった。

080711 週刊朝日によると、アル・ゴアの父親は原発推進派の可能性があり、アル・ゴア自信も原子力研究のメッカ、オークリッジ国立研究所に出入りしデータ協力を受けている。ここは原発を推進する研究機関である。
そして環境ファンドを立上げ、原子力発電の事業を世界的に展開しているGE(ジェネラル・エレクトリック)社に投資している。

温暖化を盾に原発推進のムードを作り出し、一時期原発を抑制したムードを一新し、いまや世界中で原発が建てられているという。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のラジェンドラ・パチャウリ議長は、第4次評価報告書の中で代替エネルギーとして原子力に言及している。
原発増設を訴えているのである。
そういえば日本でも7月末、2017年までに原発を新たに建設するアクションプランが閣議決定された。

080712 石油メジャーによって踊らされ、「温暖化なんて全くないのだ」といいながら石油で儲け、温暖化を認めない人たちがいる。
今度は原発を推進することによって利益をあげる原発メジャーが、温暖化理論を地球環境保護の名の下に利用しようとしている。
温暖化は間違いなくある。しかし原発を推進することが温暖化対策ではないと、きちんと理論立てていかないと危ない状況になってきたように思う。
アル・ゴアが代表を務めている環境ファンドは、約50億円分のGE社株を取得していた。

080718原発を推進することでお金を儲ける人たちが間違いなくいる。その人たちにとってみれば、理由はなんでもいいのである。
住民の反対意識を変えるには、地球温暖化というお題目はもってこいである。

しかしウランの埋蔵量には限界がある。おそらく70年程度くらいしかもたないのではないかといわれている。
石油は100年、天然ガスは60年、石炭は200年。資源にはどれも限界があるのだ。
地球温暖化のことを本当に考えるならば、天然エネルギーを大幅に取り入れていくことを考えなければならないだろう。太陽、風、水。

080716 今年の夏、ぼくの住む岩次郎小屋の屋根にソーラーパネルを取り付けた。電力会社に電気を売っている。
家の周りに木を植え始めた。夏を涼しく過ごすためである。夏の電力消費を少しでも減らそうと考えている。

写真は、岩次郎小屋のベランダ、家の前に立つニセアカシアの大木、小さな森、畑の野菜など・・・。

«豊かな資源に翻弄される国々