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2008年8月27日 (水)

青森 ― 寺山修司と岩次郎と・・・

原村診療所で診察をしたあと、八戸へ向かった。父岩次郎の故郷、青森である。

500名の会場になんと900名ほどが集まった。会場に入れなかった400名は、ロビーで声だけをじっと聞き、途中で帰る人はほとんどいなかったというから驚いた。ぼくの講演会場に、入りきらない人たちが、どこへ行っても増えだしている。

Image125Image124  講演が終わると、八戸横丁屋台村で八戸ラーメンを食べた。シンプルな昔ながらの醤油ラーメン。B級グルメ家のドクター・カマトとしては、なかなかいい、と思った。合格点である。納豆入餃子もおいしかった。

特急津軽に乗って青森へ出て、青森市場(写真左)に寄った。岩次郎が、長野県から毎月電話でホヤやなまこを取り寄せていたお店がある。ここでは岩次郎が有名で、ぼくは「岩次郎のムスコ」と呼ばれる。

ホッケと、岩次郎が好きだったあんずの梅漬けを買った。仏壇に供えようと思う。

八戸の隣町、三沢に寺山修司は住んでいた。青森の弘前で生まれた。
ぼくは寺山修司の芝居は好きではなかった。
ぼくが好きだったのは、唐十郎の紅テント。
天井桟敷はぼくの感性には合わなかった。
しかし、寺山修司の詩は好きだった。
電車の中で「家出のすすめ」を読み、八戸から青森へ向かう特急津軽の中で、歌集「血と麦」を読んだ。
顔に似あわず、本当にやさしい詩を書く。

悲しみは 一つの果実 てのひらの 上に熟れつつ 手渡しもせず

昭和36年の詩が思い出される。
寺山の代表作
マッチ擦る つかの間の海に 霧深し 身捨つるほどの 祖国はありや

本当に、「身捨つるほどの祖国」はあるのか。東北の海を見ながら考えた。

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