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2008年12月12日 (金)

国際人・新渡戸稲造

花巻にある新渡戸稲造の記念館にいってきた。1129
農家の出身である。
現在の五千円札の人である。

第一次世界大戦後、国際連盟の事務次長をしていた。
北欧バルト海、オークランド諸島の領土紛争を、非武装地帯として治めた。
国際人だ。
こういう国際人がいたことがすごい。

今年8月、ぼくはジュネーブの旧国際連盟を訪ねた。
レマン湖のほとりで、新渡戸稲造は7年間、
第二次世界大戦直前のヨーロッパのきな臭い状況のなかで、平和を模索し続けた。

新渡戸稲造が英語で書いた『武士道』は世界的なベストセラーになり、いくつもの言語に訳され、世界中で愛読された。
日本人の骨格をつくってきた名著ともいわれている。

ラブレーと対談をしているときに、日本には宗教学が学校のなかであるか、と聞かれて、答えに窮した。
しかし、日本にはヨーロッパにはない倫理観があると思い、彼はそれを知らしめるために英語で『武士道』を書いている。
このへんの国際感覚がべらぼうにすごい。

Photo 書かれていることは、孔子の儒学に近いことである。
「義」や「勇」や人の上に立つ条件としての「仁」、そして「礼」、「誠」、「忠義」、「名誉」などが、わかりやすく書かれている。
女性に求められる立ち居振る舞いも書かれている。
侍は民族全体の美しき理想、桜は大和魂の原型などと、見事な展開をしている。

しかし、もとが孔子的というか、儒学的で、見える社会のなかでの具体的な生き方しか示していない。
一方で感心しながら、何か物足りないのである。

老子によるタオのほうが、さらに大きな宇宙へと羽ばたかせてくれる。僕個人は、そのほうがひきつけられる。

新渡戸稲造という国際人としての生き方は天晴れと思う。
だが、『武士道』に関しては、なるほどとは思うが、こころが揺さぶられることはなかった。

↑写真は、ジュネーブのレマン湖のほとりに立つ旧国際連盟

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