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2008年12月12日 (金)

宮沢賢治はマルチプレーヤーだった

地質学を学び、天体学者で詩人で童話作家。
農業を教える教師で、生活改善運動の実践者でもあり、最後は宗教家にもなりかかっていた。
不思議な能力をもった男であった。1128
宮沢賢治である。

賢治が、好んで生徒をつれて訪れたという「イギリス海岸」に、雨の中に行った。
「イギリス海岸」という呼び名は、地質調査の結果、古代には海だったことが推測され、その地質がドーバー海峡のものと似ていることから、賢治が名づけた。

1128_2 今年はダムで水量を調節し、賢治が命名した当時の雰囲気が漂うように試みたという。
だが、当日は大雨で、水量も多く、イギリス海岸をほうふつさせるのはむずかしかったようである。

その後、賢治が1923年ごろ、花巻農学校の学生をつれて、よく食べにいったという、そば屋のやぶ屋を訪ねた。
わんこそばで有名のようである。

賢治は、てんぷらそばとサイダーという組み合わせがお気に入りだったと聞いた。
てんぷらそばとサイダーを注文した。
てんぷらそばは15銭で、サイダーは23銭。
サイダーのほうがずいぶん高かったようである。

この組み合わせが、なかなか、どうして。
てんぷらそばのあと、サイダーがちゃんと飲めないのである。1128_4
けっこうたいへんな組み合わせであった。

数年前に来たときには、わんこそばを食べたら、
一人前3000円のコースで、15杯くらいしか食べられなかったのを覚えている。
60杯は食べないともとはとれませんよ、と町の人に言われたが、
とてもそんなには食べられない。
240杯を食べた人がいると聞いて、呆然とした。

やぶ屋のことを、賢治は「ブッシュ」と言っていたようである。
ぼくは、やぶ医者。
アメリカにも一人、どうしようもないブッシュというのがいる。
やっぱり、そばやのやぶが、いちばんいいなあ。

現在の花巻農業高校の敷地内に移築されている、羅須地人協会の入り口に、小さな黒板が置かれていた。
「下ノ畑ニ居リマス、賢治」
その文字が今も黒板に残っている。

写真は、水量の多い「イギリス海岸」こと北上川。そして、やぶ屋のてんぷらそばとサイダー

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