この船には、おもしろい人たちが乗っている。
スキューバダイビングをする筋ジストロフィーの青年。
大学を卒業して福祉施設で働いていたが、外国に留学しようか迷っているという。
いいなあと思う。
東京の大学病院で超忙しい病棟で働いていたが、フィジーでインド人の家にホームステイしながら英語の勉強し、
そのあと、このピースボートに乗り込んだ。
違う仕事をしようか、外国で医療ボランティアをしようかと迷っていたが、ぼくの講演を聞いて、再び医療現場で仕事がしたくなったという看護師さんとも、食事をした。
この船に乗るために、命がけで働いてお金を貯めた若者もいた。
土日は、アルバイト。
平日は、ピースボートのポスターを3800枚貼ると乗船代がほぼタダになるので、ポスターを貼りまくり、目標を達成した青年もいる。
とにかく、たくましいのである。
農学部で勉強していて、大学を卒業したら、本格的に農業をやりたいという青年もいた。
家は農家ではない。
このちぐはぐさがいいなと思う。
こういう青年が、本気で日本の農業にとりくんでくれたら、もしかしたら画期的なことがおきるかもしれないと思った。
破産したリーマンブラザーズに勤めていた女性も、通訳として乗船していた。
ちょっとつまずいた医学部の学生もいた。
この船で、どんどん元気になっていった。
この経験をきっかけに、きっと、いいチームワークをつくることができ、患者思いのいい医者になっていくと思う。
85歳のおばあちゃんが、娘と乗っていた。
隣に座ってご飯を食べた。
おばあちゃんは、にこにこしながら、「私が船に乗りたいと言ったの」とゆっくり話しかけてきた。
数年前にはじめて船で世界一周をしたという。
「どこが楽しかった?」ときくと、「シチリア島」と言う。
シチリアの教会を、おばあちゃんは車いすで訪ねた。
先天性股関節脱臼があり、両足の股関節の手術をしているために歩行困難がある。
船のなかでは車いすで移動する。
部屋のなかでは、数メートルの歩行はできるそうだ。
娘さんが「飛行機だったら、とても10時間も乗っていることはできないけれど、船ならば大丈夫。観光するときにも、荷物を持たずに、おばあちゃんの車いすを押すことができるというのは、最高にいい」と言った。
なるほどと思った。
船の旅の利点である。
おばあちゃんはいろんなレクチャーに最前列で参加して、よく聞いている。
「人の話を聞くのは大好き、勉強になる」
好奇心が旺盛なのである。
おばあちゃんが、いちばんステキな経験をしたのはシチリア島の教会の前。
その前で車いすに座っていると、現地の太った女性がハグをしてきた。
ステキな笑顔をしているおばあちゃんは、人をひきよせるのである。
この船でも、おばあちゃんの周りには若者がいっぱいあふれている。
スタッフたちも、母親のように敬う。
人をひきつける空気をもっているような気がする。
シチリア島の女性がハグをした後、おばあちゃんの手を握った。
そして、おばあちゃんの指に、自分の指にしていた指輪をはめてくれた。
その女性は、何かを話しかけたが、おばあちゃんには言葉がわからなかった。
「この指輪は、命の次に大切なもの」
ぼくに指輪をみせてくれながら、おばあちゃんはニコニコしている。
「旅はすてきよ。本当に、何が起こるかわからない」
おばあちゃんは、こぼれるような笑顔でいった。
今回の旅のケニアでは、ゾウやシマウマが自分のコテージに水を飲みに来るのを見た。
アフリカの広大な砂漠もプロペラ機から見た。
南極も見た。
イースター島のモアイ像も見た。
全部、感動の連続だと、85歳のおばあちゃんは言う。
船の旅はあったかくて、人のこころにゆとりをつくり、一人ひとりにいい笑顔をつくっていく。
そして、いよいよ船旅もゴールに近づいてきた。
4月1日から仕事が決まっている人たちが、ぼくと同じようにタヒチで船を下り、飛行機で日本へ帰る。
豊かなこころを抱えて、また、それぞれの日常をはじめるのである。