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2009年3月22日 (日)

われわれはどこから来たのか⑤

~~胎児の記憶~~

わが心の師、三木成夫先生は、「母親の子宮のなかで、太古の海と同じ羊水に浮かび、子宮の壁に響く、母の血潮のざわめきを記憶のなかに必ずもっているだろう」と、
発生学の授業で話してくれた。
比較形態学の話を展開しながら、ゲーテのメタモルフォーゼの話はなんとも感動的であった。007_4

三木先生の著書『胎児の世界 人類の生命記憶』(中央公論新書)は、人間はどこから来たのか、記憶の奥に眠っている38億年のいのちの歴史を紐解いている。

椰子の実の汁を吸いながら、三木先生は「懐かしい味」と感じた。   
はじめて飲んだ味なのに。
それは、生命の記憶があるからではないだろうかと、解きほぐしていく。

紀元前5000年ほど前、西アジアからモンゴロイドがおもに二手に分かれて移動していった。
一つは、北上し、ベーリング海峡を渡って南米に達するグループ。
もう一つは、南下し、いかだにのって、フィリピンやポリネシアへと渡っていく。
その大移動の過程で、日本には、北からも南からも入り込んでいるといわれる。

久々に三木先生の『胎児の世界』を読みながら、母親の子宮のなかにいた自分を思い出し、そして、何千年か前、
モンゴル平原のわが祖先の一人が南へ下り、このタヒチから、北上していった可能性を自分の実感で感じてみようと思った。

欧米人は、虫の音などを右の音楽脳で受け止めるが、日本人は言語脳の左脳で受け止めるという。
韓国人も中国人もヨーロッパ人と同じ。
しかし、西アジアとハワイ、サモア、トンガ、ニュージーランド、ポリネシアの人たちは日本人と同じように左脳で聞き取る。

008_2  三木先生は「命の波」「おもかげ」という言葉を使いながら、あやふやではあるが直感的に、ぼくたちに刻み込まれた38億年のいのちの歴史をたどっている。
『胎児の世界』は、伊勢神宮や天皇家のことにも触れている。
このへんになると、尊敬する三木先生の言葉ではあったが、なんだか聞こえないふりをしていた。
三木先生は、伊勢神宮が20年ごとに遷宮するが、その意味は生殖の営みと生命の営みをあらわしているという。
そして、同時に椰子の実や波打ち際の波の音を聞きながら、南へつながっている自分たちのこころを書き留めている。

今回、タヒチでアラフラフのマラエという神殿を見た。
なんだか、三木先生の伊勢神宮の写真に似ているのである。
不思議な錯覚を感じた。
南側の文化が伝わってきている可能性は確かにあると感じた。

上の写真は、日本の万博にもやってきたというモアイ。下の写真は、日本のクレーン会社が、世界遺産のために立て直したという15体のモアイ。

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