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2009年3月 9日 (月)

鎌田實の一日一冊(20) 言魂やどる往復書簡

『言魂』(石牟礼道子、多田富雄著、藤原書店)を読んだ。

打ちのめされた。Photo

免疫学の世界的権威、多田富雄が脳梗塞に倒れ、右半身麻痺のため全く話すことができなくなった。
さらに進行性のがんにも侵された。

受け手となる石牟礼道子は、重いパーキンソン病に苦しんでいる。
苦しみの中に生きる2人の間で、言葉の魂のやり取りが交わされる。

多田は石牟礼の書簡を読みながら、水俣の苦海と色町の苦海がつながっていることに気がつく。
そこから苦しみの中にいる2人は、アウシュビッツや特攻隊や、沖縄、広島、長崎など、人間が生み出した苦しみを語り合う。

石牟礼が「人間が営み始めた文明、これはたぶん絶望的な悪魔性を自覚した人間の自己救済でしょうか」と語りかける。
なるほどなと思った。

多田は、言葉を話せなくなっても負けない。
詩集を出し、広島や長崎や沖縄の新作能を次々と作り上げていく。
徐々に、がんは悪化していく。
どんなに辛くても、楽にぽっくり死にたいと思うのはよくないと多田は思う。

石牟礼は「存在の黄昏の中にたたずんで、思いめぐらしております。人間は思考力を持ち、歴史を持ち、文明をいとなみ、美的感受性を持ち、もののあわれを持ち、ここまできて、さてしかし人間とはいったいなんであったかと…」と考える。
豊かに生きようとして地球環境を汚染してしまった。
同時に人間の内部世界の魂も汚した。
人類に救いはあるのかと2人は問う。

多田はがんの苦しみにのたうちまわりながら、それでも報われたと書く。
アインシュタインを題材にした新作能を京都東寺で上演する。
命がけの上演であった。
感動的だ。
「おかげで私の人格は破壊されなかった。苦しみを文字にするだけで魂が救われた」と2年間の往復書簡に彼は感謝する。
希望を見出していたのである。
石牟礼も多田の手紙を受け止めながら、「人間精神の崇高さがここまで記録されたのは稀有のことではあるまいか」と書いた。
そのとおりだと思った。
苦海の中を生きる二人の巨人が、生命、魂、芸術を巡って、重い往復書簡をした。

読書の好きな人にはたまらない本だ。

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