お伊勢参り③
~~式年遷宮の経済効果~~
生命の循環と天照大神の永遠の若さのため、20年に一度、式年遷宮が行われる。
690年持統天皇以来、戦国時代の100年ほどをのぞくと、ずっと遷宮を行い続けてきたという。
714種類、1576品の、布や着物、刀、食器類など、日常必需品をつくりかえ、それを新しい遷宮のお社に入れ替えるという。
社殿をつくる宮大工の技術だけでなく、漆職人の技術、刃物をつくる技術など、20年に一度の大祭によって維持しようとしている。
しかも、大きく消費を喚起させている。
天武天皇や持統天皇はそこまでは予想していなったと思うが、経済のしかけとしては見事だと思う。
毎年行われていると、消費の喚起を起こす前に疲弊してしまうが、20年に一度という区切りが民衆に祭り心を起こさせ、気持ちを躁状態にさせ、そして経済に刺激を与えている。
靴や枕、食器類などは、全国の神宮へ記念品として下され、祭られたり、陳列されたりしているという。
社の棟持柱などは、その後の20年は宇治橋の鳥居に使い、さらにほかの神社の鳥居として使われるという。
諏訪大社の御柱は7年に一回建て替えられる。
諏訪大社の7年と、伊勢神宮の20年の違いは何だったのだろう。
伊勢神宮のお祭りのなかに、諏訪の御柱祭りのように丸太を引き上げ、そして、同じ宮川という名前の川で、奉納する前のご神木を清める。
諏訪の御柱祭りと伊勢神宮の式年遷宮は似ているなと思った。
写真は、内宮の近くを流れる五十鈴川
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お伊勢参りをするために、夜遅く鳥羽のホテルに泊まった。
海を感じながら、鳥羽市にある大阪屋というすし屋に入った。
お伊勢参りは江戸時代には人生最大のイベントであった。
昨年夏、プラハでレコーディングしたクラシックCD『ふるさと~プラハの春~』の収益は、チェルノブイリやイラクの病気の子どもたちの薬代として使われている。
岩次郎小屋に秋がやってきた。

田原総一郎さんが主催する琵琶湖塾に、講演で呼ばれた。
いつも常備していて、うどんやそうめんに、どっさりかけて、温野菜とともに食べる。
オバマが感動的な演説をしたプラハの広場を、ぼくも昨年の夏訪ねた。
年退職した後、岩手県の田老病院の院長をつとめた。 
いつもならここで止めるのであるが、ちゃんぽんめんをスープに入れて食べることにした。
1年に2、3回、福岡に行くが、博多というとどうしても博多ラーメンを食べてしまう。
内藤いづみ先生は、最近『しあわせの13粒』(オフィスエム)という絵本を出したが、この内容が、まさに生活習慣と命であった。
鎌田實が梅干になって、おむすびの中に入っている。
少しゆがいて、大根おろしで食べるのもおいしいが、
小林氏とは、あるテレビ局のニュース番組のコメンテーターとして、何度かご一緒した。
日本の演劇界に、新しい波を起こした若い劇作家たちが輩出された時代があった。
このお好み焼き屋の広東料理がびっくりするほどおいしい。水餃子なんてよだれが出るほどうまい。
なんてはじめて食べた。



安奈淳さんには、チェルノブイリ連帯基金に多額の寄付をいただいたり、いつもお世話になっている。
では、今回さわぎになっている豚インフルエンザはどうだろうか。
JCF(日本チェルノブイリ連帯基金)は、ポーランド、ブルガリア、ウクライナ西部のウジホロドにて、ウクライナの子どもたちを支援する活動をしています。応援よろしくお願いいたします