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2010年3月12日 (金)

鎌田實の一日一冊(54)

『行くのか武蔵』(好村兼一著、角川学芸出版)

新しい宮本武蔵ができた。
宮本武蔵にまつわるいくつかの事実と思しき書物を見たことと、大学を中退してフランスに渡り、剣道8段になった、まさに古武士のような存在そのものの好村兼一が、素振りを繰り返すなかで、武蔵と小次郎の戦いはおそらくこうだっただろうという、想像力を広げている。
なんともユニークで好村らしい剣豪小説。
380ページの厚い本であるが、最後の30ページくらいは、まさに手に汗を握る。
新しいスタイルの時代小説が誕生した。

門司港に近い船島で行われた対決がどんなものであったか。

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好村版武蔵がなんだか、いちばん真実の姿に思えてくる。

武蔵の生き方として、伏線がいくつも張られている。
武蔵に二刀流の極意を教え込む義父、宮本無二が、武蔵にこう言う。
「何時であっても、機先を制し、だまし、たぶらかすによって、勝利を得ることができるのだ」
しかし、武蔵の顔色が変わる。だまし、たぶらかすということに納得できない。
また、青年になった武蔵は、おのれを死の危険にさらしてみたいと、戦いを望む。
この二つに、その後の武蔵の生き方が見えてくる。

武蔵は機先を制しても、だましたり、たぶらかしたりしない。
小次郎との戦いも、勝負にこだわって、駆け引きをしたのではない。
そして最後に、小次郎を破った後、今まで尊敬してきた義父・無二に対して、
「あなたはまぎれもないならずものにしておしまいになった」と述べ、そして「敗者を思いやる心をお忘れでございます。敗者であられた父上が忘れるはずがござりますまいに」と言葉を残し、立ち去る。

武蔵がこの後、小次郎との戦いについてほとんど語っていないことに、好村は注目している。小次郎との戦いに勝ってはいたが、武蔵は心に傷をつけていたのではないか。
そして、武蔵は、道を究めるために、旅に出るのである。
行くのか、武蔵。

この本では、武蔵という人間が魅力的に生きている。
続きを読みたくなってしまう。
好村版の武蔵、なかなかのすぐれものです。

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