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2010年7月

2010年7月31日 (土)

デミタスカップ

朝4時半に起きて、父・岩次郎さんとコーヒーを分け合って飲む習慣を続け来た。

ちょうどいいカップを見つけた。
車山高原に1956年からあるコロボックルヒュッテのカップだ。
ニッコウキスゲの絵がかかれていて、かわいい。

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(車山にニッコウキスゲを見に行ったときの様子は、昨日、動画でアップしたのでご覧ください)

一人前のコーヒーを入れたあとに、おそろいのカップに半分ずつ分け、コーヒーが好きだった岩次郎さんにお供えする。
きっと、岩次郎さんも気に入ってくれているのではないか。

ぼくには2人の子どもがいる。
2人の子どもは家庭をもち、3人の孫ができた。
孫たちは岩次郎さんのことを知らない。
ぼくにとっては孫、岩次郎さんにとってはひ孫を、会わせてあげられなかったのは残念だ。
でも、ぼくたちは、岩次郎さんを先頭にした一つの家族。
そのことを、子どもや孫たちにちゃんと伝えていこうと思う。

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ニッコウキスゲのデミタスカップ、いいでしょう!

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2010年7月30日 (金)

車山高原ニッコウキスゲ

2010年7月19日、久々に車山高原のニッコウキスゲを見に、ドライブしてきました。
入道雲と八ヶ岳がきれいです。

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最後のホスピタルコンサート

第20回ホスピタルコンサートが、8月14日、諏訪中央病院のラウンジで開かれる。
今回は、ファイナルコンサート。

毎年、畑中良輔先生を中心にした一流の音楽家たちによる、すばらしいコンサートが開かれてきた。
音楽家の方たちは、ボランティアで協力していただいた。
20回もよく続いたと思う。

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今回は、カルメンを上演する。
世界で活躍する声楽家や、ひとつの舞台で一緒になることが少ない一流の音楽家の共演は見もの。
入場は無料。
毎年400~500人の方たちが集まる。
14日午後2時~、ぜひ、お誘いあわせのうえ、病院においでください。

http://www.suwachuo.jp/top_etc/10hoscon.pdf

感動すること、間違いありません。

写真は、昨年のホスピタルコンサートの模様

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2010年7月29日 (木)

まだら

兵庫県で、15歳と14歳の中3の女の子が放火し、母親が死亡した事件があった。
毎日新聞によると、2人は、事件直前、同級生たちに「また5年後に会おう」といっていたらしい。
時間さえ経てば、簡単にやり直せると思っていたのだろうか。

『よくばらない』(PHP研究所)という本のなかに、「まだら、まだら」という詩を書いた。
人間の心のなかには、いい心もあれば、獣のような心もある。
やさしい心あれば、邪悪な心もある。
親切な心もあれば、意地悪な心もある。
まだらなんだと思う。

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ぼくは、18歳の夏、父の首に手をかけてしまったことがあった。
ぼくを拾って育ててくれた、命の恩人の父に。
この2人の女の子と、18歳のぼくはそんなに変わらないのだと思う。

これだけの事件を起こしてしまうと、そう簡単にリセットはできないが、もう一回、ちゃんと生き直せるチャンスがあるといいなと思う。
まだらの心のなかには、いい部分もいっぱいあるはず。
そのいい部分をできるだけ大きくするということが、人間の成長なんだと思う。

人間はいつも失敗する。
取り返しのつかない失敗もする。
しかし、まだ若い。
起こしてしまった罪の分だけ、人のために、世のために、一生懸命生きることだ。
時間はかかるけれど、それが、取り返しのつかない失敗をしてしまった自分を救う方法だと思う。

写真は、鳥取砂丘に沈む夕日

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2010年7月28日 (水)

鎌田實の一日一冊(72)

『原田泰治 野の道を歩く画家』(別冊太陽、平凡社)

新しいスタイルの原田泰治の画集ができた。
原田泰治の70年間の歩みがよくわかる。
生活している空気やアトリエのなかにある緊張感など、いままで公表されていない姿もみえてくる。

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さだまさしさんや大学時代の同級生クマさんが、泰治さんを語っている。
弟分の鎌田は、泰治さんを支えてきた奥さんの治(はる)ちゃんのことを中心に書いた。

素敵な画集です。
どうぞご覧ください。

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資本主義のフロンティア

ユニクロとグラミン銀行がバングラデシュで合併を計画しているという。
貧困の解決をめざす、ソーシャルビジネスである。
現地の貧困層向けの衣料品を製造、販売し、現地で雇用を創出する。

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バングラデシュの人口は、約1億5800万人。
1枚100円くらいのTシャツを売っても利益はないように思えるが、いずれこの人たちがユニクロの500円のシャツを買えるときがくる。

かつての搾取する資本主義ではなく、その国の文化や健康を高め、若者たちに夢をもたせる新しい資本主義の形はあるはずである。

ユニクロの柳井さんは、バングラデシュというフロンティアをみつけた。
さすがである。

あたたかな資本主義大好き。
どんなに儲けても、社会的事業を行い、よい企業を目指すのはすごいことだと思う。

写真は、車山高原からのぞむ7月の空

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2010年7月27日 (火)

三人展開催

「あなたとぼくと、1本の木の物語」という鎌田の詩と、写真家・前田真三、前田晃の作品のコラボによる作品展が7/31~9/6まで開かれる。
会場は、山梨県忍野村・岡田紅陽写真美術館。

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前田真三・晃親子は有名な写真家。
北海道の美瑛の丘にある拓真館で、偶然の出会いがあった。
その丘の1本の木を通して、ぼくは自分の物語を書いた。
それが、『よくばらない』(PHP研究所)という詩集になった。
その前に出した『へこたれない』(PHP研究所)とともに、前田親子の大切な作品をお借りして、本を出させてもらった。

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大切な写真をお借りした感謝の意をこめて、10月19日は、美瑛の拓真館で鎌田實の講演会を行うことを決めた。
車座になるような小さな場で、大切な命の話をしたいと思う。
ぜひ、いらしてください。

  画像をクリックすると拡大します

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2010年7月26日 (月)

8/1諏訪看祭

今年も8月1日、諏訪中央病院看護専門学校の文化祭が行われる。

特別講演には、ピーコさんが来ることになった。
「がんになって知った優しさ」というタイトルで講演してくれる。
最後の30分間は、鎌田もステージに上がり、ピーコさんと命について対談する。

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学校説明会では、武井学校長や鎌田が、看護の大切さについてお話する。
看護師になりたい人は中学生でも、高校生でも、ぜひ来てほしい。
バザーや模擬店なども出る予定。

諏訪看祭には、どなたでも参加できます。
なお講演会は、先着200人まで。満員が予想されるため、お早めにおいでください。

詳しい内容はこちらをご覧ください。
http://www.lcv.ne.jp/~skango/contents/News/2010suwakansai.html

写真:車山から霧が峰にかけて、7月の高原はさわやか
時々刻々と変化する雲は、見ていて飽きない

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2010年7月25日 (日)

医学部の定員 

地方の医師不足は深刻だ。
都市部でも、科によっては医師が不足している。
これに対応して、医学部の定員が、2007年の7625人に対して、2010年は8846人まで増加した。
しかし、今年入った医学生は大学6年と研修期間2年で、8年かかる。
おおむね一人前の医師になるには、10年かかると考えたほうがいい。

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地域医療を支えていくには、単に医学部の定員を増やすだけでなく、もう少し別の方法を考えるべきときがきているように思う。
たとえば、定員を従来の7000人くらいにし、いままでのように自由に研修病院や進む科を選べるようにする。
そのほかに2000人ほどの枠を設け、地域医や総合医、小児科、産婦人科、外科など、はじめから科を決めて、医学を学んでもらうようにするのはどうか。

日本の医療のクオリティーを守るためにも、勇気をもってエイヤーと決断するときが来ているように思う。

写真:車山のニッコウキスゲ。例年は山一面をまっ黄色に染めるが、今年は天候不順のため、花はちらほら

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2010年7月24日 (土)

鎌田劇場へようこそ!(45)

「小さな命が呼ぶとき」
ハリソン・フォードとブレンダン・フレイザーがかっこいい。

8歳と6歳の子どもが、ポンペ病であることがわかった。
世界で1万人程度という難病。糖原病2型ともいわれる。
グリコーゲンを分解する酵素の一つが、生まれつきないために、グリコーゲンが蓄積し、心臓の筋肉や手足の筋肉に萎縮がおこる。
歩けなくなり、やがて呼吸もできなくなる。
薬がないために、多くの子どもが9歳くらいで亡くなっていく。

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そんな難病を抱える2人の子どもの父親(フレイザー)は、エリート・ビジネスマン。
子どもの命を救おうと、薬を開発し、製薬会社を興そうとする。
薬の開発に乗り出す貧乏な科学者を、ハリソン・フォードが見事に演じている。

2人は、薬の開発のために、投資家集団とかけひきし、熾烈な経済戦争に翻弄されていく。
しかし、経済を動かしているのは人間。
人間にあたたかい志があれば、経済もあたたかい方向へ動かすことができると感じた。

実話である。
命に対して、まじめに生きている。
人間ていいなあ。
家族っていいなあ。
本気で生きるってかっこいいなあ。
と感じる映画。

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2010年7月23日 (金)

鎌田劇場へようこそ!(44)

「エアベンダー」
3D映画である。
気、水、火、土の4つの国は調和を保ってきたが、火の国がすべてを制覇しようとしてから戦乱が続いていた。
世界に秩序を取り戻すため、1人の少年に希望が託される。
三国志を思わせるようなスペクタクル超大作。
とてもうまくできている。
若い人には喜ばれるだろう。
もう少し人間の心を描けたら、深みが出ただろうと思った。

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「樺太1945年夏 氷雪の門」
1945年8月15日、無条件降伏をしたにもかからず、20日の霧の深い早朝、ソ連艦隊が樺太の海岸に現れる。
町は戦場と化した。
戦争の不条理や残酷さが描かれる。
千秋実さんが出演している。
お元気なころには、毎夏、蓼科の別荘に来られた。
黒澤映画で大切な役割を演じた名優である。
36年ぶりの劇場公開である。

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「ビューティフル アイランズ
気候変動の影響で、海に消えるかもしれない南太平洋のツバルや、アラスカのシシマレフ島。
それらの島々で普通に営まれる生活が、美しく描かれている。
この自然をどう守ったらいいのか必死に考えなければいけないと思う。

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この夏は、戦争と平和、環境を考え、なんとか平和と豊かな自然を次の世代にバトンタッチしたいものだ。

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2010年7月22日 (木)

大卒就職率のトリック

ある日の読売新聞に、政府は今年の大卒者の就職率を91.8%と発表しているとある。

今年の春の就職予定者は約56万人と推定されている。
就職希望者37万5000人、就職した人は34万4000人ということから、91.8%という数字が出たようだ。
就職できなかった大卒者は、3万1000人という計算になる。

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しかし、実際のところ、就職留年している人が7万9000人いる。
さらに、なかには、宙ぶらりんになることを恐れて、望んでいないのに大学院に進んでいる人もいる。
スキルアップするために、専門学校や大学院に通う人もいる。
この人たちは、就職希望者としてカウントされていない。

大事なのは56万人の就職予定者がいるのに、34万4000人しか就職できていないということだ。
社会人としてのスタート地点で、仕事がないというのはつらい。
なんとか経済をよくして雇用拡大をはかり、若者の就職の道をつくってあげないといけないと思う。

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2010年7月21日 (水)

ブログが充実

先日、JIM-NETの総会があった。

おかげさまで、チョコレート募金などを通して、たくさんの人にご協力をいただき、厳しいながらも北イラクに拠点をおき、効果的な医療支援でできてている。

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イラクの二分脊椎の子の手術も無事成功し、外科医のお父さんと小児科医のお母さんが感謝の言葉を言ってくれた。
自分の子どもだけでなく、多くのイラクの子どもを救うための活動には、本当に感謝している、という。

ぼくたちJIM-NETの活動は、ホームページやスタッフブログで紹介している。
7月6日付けの佐藤事務局長の「ともに血を流した兄弟たち」という記事は、笑ってしまった。http://blog.livedoor.jp/jim_net/archives/51492909.html

JCFでは、血液成分分離機(セルセパレータ)を寄付しているが、佐藤さんはみずから血小板の献血もした。
文字通り、血を流して、イラクの子どもの救援活動を行っているわけである。

また、JIM-NETの一員であるJCFでも、ホームページやブログで活動報告をしている。「今週のカマタ先生」というコーナーもある。

http://www.jcf.ne.jp/cp-bin/blog/

これらは、医療支援の場で、スタッフが直に感じたことをつづっている。
ぜひ、ご覧ください。

写真は、イラクの二分脊椎の女の子とご両親。左は、JIM-NETスタッフのひかりさん。

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2010年7月20日 (火)

お知らせ

明日21日(水)の「ニュースエブリィ」(日本テレビ系、16.53~19.00)に、
レオナルド・ディカプリオと渡辺謙が出演する。
映画「インセプション」で共演している2人。
眠っている人の潜在意識のなかに潜入し、アイデアを盗むという話だ。

ぼくはいつもは木曜のコメンテーターをしているが、明日は急きょ出演することになった。
2人のスターに質問する予定。
どうぞ、ご覧ください。

読売新聞で、鎌田實を取り上げた連載「時代の証言者」が始まった。
朝刊の毎週月~木、土に掲載されている。
今日で4回目。
鎌田の子ども時代を通して、昭和20~30年代とはどんな時代だったのかを浮き彫りにしている。
連載は今後、鎌田の学生時代や、地域医療に燃える青年医師時代へと進んでいく。
鎌田の人生と、時代とのかかわりを描いた長編連載だ。
好評だという。
こちらもぜひ、お読みください。

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竜馬に流れる商人の血

先日、高松でうどんを食べた話を書いた。
その後、高知に向かった。1007186image626
1007175image620 今日は、その高知の話をちょっと紹介する。

ぼくが高知に着いた土曜の夜は、夏祭りがあり、たくさんの人でにぎわっていた。

土佐は竜馬ブームで元気だ。

竜馬生誕の地や、坂本家の本家がつくり酒屋や質屋など手広く商いをしていた才谷屋の跡地などをまわった。
才谷屋の跡地には、喫茶「さいたにや」がある。

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豪商の坂本家の血は、のちに竜馬が亀山社中という商社のようなものをつくるのにつながったのかもしれない。

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そして、いつもだれかのためにという思いがありながら、その思いを達成する現実感は商人の血が関係していたのではないか。
相手を信頼させ、人脈をつくり、人をその気にさせていく。
1007185image625人間的魅力で西郷隆盛や勝海舟、高杉晋作らとつながっていく竜馬という男の才覚は、坂本家の元来の血筋のような気もする。

脱藩して暗殺されるまでの5年間、実に多くの人と会い、人を動かしてきた。
現代のように交通や通信が発達していない時代を考えれば、そのすごさにはいまさらながら感心する。

ぼくは四国に来るたびに、八十八箇所巡りを一つずつしている。

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三十三番の雪蹊寺(せっけいじ)という弘法大師が開いたお寺さんをお参りさせてもらった。
とても雰囲気のあるお寺さんだ。

弘法大師が亡くなる直前に言われたという、

「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し」(『秘蔵宝論』巻上 序文)

という言葉を思い出しながら、
岩次郎さんや母が心安らかであるかことを祈った。
もちろん家族みんなが元気でいるように、そして、日本が元気でいられるように。

雪蹊寺は、桂浜からすぐのところにある。
海が見えた。

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海のない信州に住んでいると、海を見るだけでほっとする。

小さなことにこだわっているのが、なんだかばかばかしくなってくる。

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冷えた心をあたためたい

宮崎県のある町から講演の依頼があった。
どんなやりくりをしても、お引き受けすると答えた。
交通費と宿泊費もボランティアで引き受けさせていただきたいとお願いした。

その町では、牛も豚もワクチンを打って、全て埋めたようだ。

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丹精こめて育ててきた家畜を、生かしてあげられなかった心残りはたいへんなものだと思う。
畜産業はたいへんな状態に直面している。
これからは経済的な問題も出てくる。
ストレスを抱え、うつに陥る人も出てくる可能性がある。

ぼくの講演で、少しでも心が楽になるとうれしい。
心が元気になるように、全力投球で話をさせてもらおうと思っている。

表面上、口蹄疫の問題は解決の方向に向かい始めている。
だが、現地のキズは大きい。
なんとか冷えた心があったかくなるように、協力したい。

写真:梅雨が明け、信州の空にも夏の雲

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2010年7月19日 (月)

幹細胞はおもしろい

京都府立医科大学で、幹細胞を使った心不全の治療が成功した。Photo
重症の心筋梗塞の患者さんの心臓組織の一部をカテーテルで採取し、幹細胞を4万倍に培養して、心筋梗塞で壊死に陥った部分に幹細胞を移植した。

患者さんは、絶対安静に近い状態であったが、手術後には心臓の機能が回復し、退院した。
移植した幹細胞が、心臓の筋肉や血管に変化したのである。

今から15年ほど前、ベラルーシ共和国で白血病の子どもを救うために造血幹細胞移植が行われた。
この造血幹細胞は、白血球や血小板、赤血球に変していく。

まるで幹細胞が、微妙な空気を読みながら、なるべき細胞になっていくような感じがする。

こうした幹細胞の分化をみていると、命を守るために無意識の協調が行われ、利己的ではなく、むしろ利他的に働いているように思える。

幹細胞はおもしろい。

写真は、諏訪中央病院の庭の草花に囲まれて

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2010年7月18日 (日)

うどんを食べて、土佐へ

昨日は、講演のため四国の高松に入った。
高松に来たら、讃岐うどんを食べないわけにはいかない。

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つゆは生しょうゆ。肉ととろろが入って460円。

その後、またまた「ここはうまい」と言う、地元の人おすすめのうどん屋に行き、冷やしうどん260円を食べた。

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うまい!
薬味はあるものの、シンプルにうどんの食感だけで勝負している。

夕方、土讃線のディーゼル車に乗って、高知へ向かった。

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2時間半以上をかけ、四国山脈を越えていく。
坂本竜馬も、このルートをとだったのかな、などと勝手に想像しながらの、束の間ののんびり旅である。

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2010年7月17日 (土)

チェルノブイリの悲劇を風化させてはいけない

チェルノブイリ原発事故後、小児甲状腺がんがウクライナ、ベラルーシ、ロシアの3国で多発している。
ベラルーシ国立医科大学がん科甲状腺センターのユーリ・ジェミチェク教授によると(彼はJCFの招待で日本に勉強にきている)、260万人以上の小児や青少年が放射線被爆をしたといわれる。1
甲状腺がんの発症率は、世界では人口10万人当たり1.4に比べて、この地域では10.7と異常に高い。

原子力発電は温室効果ガスの排出をしないエネルギーとして、再び注目されている。
現在世界30カ国で、436基が稼動している。
建設中が53基、計画中が142基ある。

現実的に、エネルギーを原子力発電に頼らざるをえないとすれば、チェルノブイリで起こったことを風化させず、何が起こったのかを丹念に調べていくことが大切だと思う。

JCFは、来月8月2日から約10日間、放射能汚染がひどいゴメリ州一帯の調査を行う。
今年4月に来日して松本と京都で講演してくたれナージャ院長の病院も視察する予定だ。
ぼくも現地に飛ぶ予定だ。

ぼくらのこうした活動に対して、チェコの音楽家、ヴラダン・コチはCD「ふるさと~プラハの春」を出し、協力してくれている。
そのヴラダン・コチファミリーのコンサートが東京と山梨などで開かれる。
すばらしい演奏を、ぜひ生で聞いてください。

コンサートの詳しい情報はこちらへ↓

http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-9447.html

【追記のお知らせ】

日本ホスピス・在宅ケア研究会の鳥取大会での様子

http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-b68d.html

研修医教育システムの新しい試み

http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-58ba.html

以上、2本追加記事をアップしましたので、ご覧ください。

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2010年7月16日 (金)

つかこうへいさん逝く

つかこうへいさんが、亡くなったという。
62歳。ぼくと同じ年。

代表作「蒲田行進曲」は芝居でも映画でもみた。
つかさんの芝居はスピーディーで展開が速く、台詞があふれるように出てくる。
笑わせて、笑わせて、泣かせる。
平田満、風間杜夫など、優れた役者を育てた。

肺がんだというのは聞いていた。
朝日新聞によると、こんな遺言があったという。
「思えば恥の多い人生でございました。先に行く者は後に残る人を煩わせてはならないと思っています」
通夜や葬儀、お別れ会など一切を遠慮するという。
娘さんに、対馬海峡あたりで散骨してもらうという。P7051591
つかさんらしいなと思った。

つい最近、週刊現代で、どんな死に方を考えているかと聞かれた。
葬儀もお別れ会もいらないなと思った。
ぼくが死んで、たいへんなときに、家族が疲弊した状態で、たくさんの人にごあいさつをしたりするのは忍びないのである。
ぼくを看取ったあとは、家族がそっと集まって、おいしいものを食べて、
「ミノくん食べたいだろう、あの世じゃ食べられないな」なんて、悪タレ口をみんなで笑いながら語り合ってくれたら、最高。

死に場所は、岩次郎小屋がいい。
がんがあったら、諏訪中央病院の緩和ケア病棟。

つかさんはお墓もいらないと言ったようだが、ぼくはお墓にはこだわっている。
血がつながっていない岩次郎さんのお墓に入ること。
育ててくれた親が眠るお墓に入ることが、ぼくの最後の親孝行だと思っている。
それでぼくの人生は終わり。
そんなふうに今は思っている。

死ぬときには、岩次郎小屋に、坂田明のサックスが流れていたら最高。
ぼくがプロデュースしたアルバム「ひまわり」が聞こえてきたら、きっとにんまりしてしまうだろう。
家族だけの葬儀には、ジャニス・ジョプリンの「サマータイム」がいいなあ。
それに、知り合いの住職、高橋卓志さんが2、3分の超短いお経をあげてくれたらいい。

つかこうへいさんのご冥福をお祈りします。

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焼きうどん発祥の地

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焼きうどんの発祥の地はなんと、小倉だという。
小倉には焼きうどん研究所というのがあるらしい。

だるま堂という、昭和20年開店の店に行った。
おそらく、焼きうどんの第一号店だろうといわれているお店だ。
午後3時ごろだったため、ほかに客はいなかったが、昼時はたいへん混むという。

二代目のおばあちゃんの腰は、もう直角に曲がっていた。
だるま堂の焼きうどんは、460円。
かなりおすすめ。

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めんは乾麺、若松産のキャベツ、豚ばら肉、アジサバ節の削り節を用いるなど、かなりのこだわりを見せている。
こういうこだわり大好き。

焼きうどんに65年の歴史があるというだけでも、うれしくなってしまう。
このおばあちゃんがつくってくれるのも、いい。

いつまでも、このおばあちゃんにお元気でいてもらいたい。
小倉に行ったら、ぜひ、だるま堂の焼きうどんを試してみて。

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2010年7月15日 (木)

研修医の“お見合い”

今月初め、大阪のあるイベントホールに、医学生や研修医が千数百人集まった。
医学生や研修医に研修に来てもらおうと、約400の全国の研修病院がブースを出して、自分たちの病院の研修体制のよさをアピールした。

もちろん諏訪中央病院もブースを出し、6~7人の指導医たちが研修指導体制について説明していた。

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これをきっかけに、医学生は夏休みを利用して、いいなと思った病院を見学したり、1週間研修をしたりする。

国は、研修医マッチングという新しいシステムを考えた。
病院側の研修プログラムと研修希望者とを、医学生らの希望を踏まえながら、コンピュータでマッチングする。
お見合いみたいなものだ。

北海道や青森、岩手など、地方の医師不足の病院は必死だ。
みんな若手の医師がほしい。
そして、ていねいに医師を育て、一人前の高度医療の担い手や地域医療の担い手になってもらいたいのである。

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新しい研修医教育システム

医師不足のなか、若い医師をいかに育てるかが各地域での課題になっている。

北海道では、札幌医科大の山本教授をはじめ、地域医療に情熱を注ぐ病院が、北海道プライマリケアネットワーク(通称ニポポ)をつくり、後期研修プログラムを行っている。

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一つの病院だけでなく、地域がネットワークをつくり、医師を育てようとしている。

こうしたネットワーク型の研修プログラムは、各地で始まっている。
沖縄では、沖縄群星(むりぶし)という臨床研修病院群プロジェクトがある。
岩手県でも、イーハトーブというネットワーク型の研修医教育システムをつくろうとしている。

各地域で、地域医療を充実させようと必死だ。
それぞれの取り組みが数年後、うまく成長しているといいなあ。

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2010年7月14日 (水)

24時間訪問介護はなぜ、できないか

政府は有識者会議を開き、24時間訪問介護について検討を加え、モデル事業を行うようだ。
10年前、介護保険ができたとき、24時間訪問介護の普及は大きな目標の一つであった。
だが、現在、実施しているのは1800の自治体のなかで90箇所、わずか5%しか行われていない。
厚生労働省によると、在宅介護を望む人たちは74%にのぼる。
しかし、今の状態での在宅介護では、介護地獄が心配。P7051595
そのために多くの人たちは施設に入りたがる。
特別養護老人ホームには、42万人が入居しているが、入居できずに待機している人がさらに42万人いる。
もっと在宅介護をサポートすることが急務のような気がする。

訪問介護の費用は、夜10時から朝6時までは、昼間の訪問の1.5倍になる。
しかし、金額の問題よりも、深夜に訪問してもらうという巡回型の訪問介護を精神的に受け入れる土壌ができていないのではないか。
小倉のウチヤマグループで訪問介護をしている人たちに聞いたが、深夜の訪問介護はリクエストが出てこないという。

24時間訪問介護の整備には、働く人の労働環境をよくすることも必要だ。
ヘルパーの平均年収は250万円前後といわれているが、実際にはパート採用が多く、ここまでもらえていない人も多い。

できるだけ巡回型の訪問介護を充実させながら、緊急型も充実していかなければ、結局は施設に頼らざるを得くなってしまう。

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2010年7月13日 (火)

鎌田實の一日一冊(71)

『いい医者 いい患者 いい老後―「いのち」を見つめる二人旅』(永六輔、内藤いづみ共著、佼成出版社)

抱腹絶倒。
めちゃくちゃおもしろい。
おすすめの長生きのコツがテーマなのに、永さんはどうすれば早く「未亡人」になれるかというコツを語る。

1、糖分を増やす。
2、塩分を多くする。
3、脂肪分を多くする。
4、アルコールを多くする。どんどん飲ませる。飲んで帰ってきたら、家でも迎え酒。
5、孤独にさせる。家族で話していても、お父さんが入ってきたら、みんな黙っちゃう。
6、無趣味。趣味があったら取り上げる。
7、寝不足に追い込む。
8、ストレスをためさせる。
9、家族みんなで「お父さん、元気がないわね。顔色が悪いわね」と言いまくる。
10、老化現象をみんなではやしたてる

この冗談の10カ条で、みんなを笑わせた後に、本当に大切な10カ条を伝えてくれる。
この切り替えしがすごい。
いい老後のためにどうしたらいいか、見事に展開する。

永さんと内藤さんの息はぴったり。Photo

ぼけとつっこみがときどき入れ替わり、楽しく、不思議な対談が続く。
永さんが、内藤先生を大切に思っていることも伝わってくる。

諏訪中央病院で行われたほろ酔い勉強会の内容も、収録されている。
このときは、たいへんだった。
会場に人が入れないくらい集まった。
ドアをあけ、演者のまわりにもいすを置いた。
いまだかつてないほど、盛況だった。

この本のなかの、永さんのエッセイ、いい患者の条件10カ条はとてもおもしろい。
ぜひ、本を買って読んでほしいので、ここではすべてを書かない。
ぼくはあるとき、よい医者の10カ条というのを書いたが、そのパロディにもなっている。
永さんらしい屈折した言い方をしがら、とても大切なことを述べている。

その一つに、こんなのがある。
「いい患者は奇跡を信じない」
すごい言葉。その理由も書いてある。

最後の10カ条目は、ギャフンといわされた。
「いい患者は、医者がご臨終ですと言ったら、死んだふりをする」

もう、大笑いだ。
長生きのヒントが、いっぱいあふれている。
このごろ、ちょっと笑いが少ない人は、ぜひ。

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2010年7月12日 (月)

鎌田劇場へようこそ!(43)

「ボローニャの夕暮れ」

ヴェネチア国際映画祭主演男優賞受賞。
父親を演じるシルヴィオ・オルランドの存在感がいい。

第二次世界大戦期、イタリアのボローニャで繰り広げられる、家族再生の物語である。
父親は高校の教師。Photo
家族を大切に思っている。
娘を愛している。
愛しているがために、いくつもの失敗が重なり、大事件が起こる。
殺人事件である。

それまで、日常に埋もれて見えなかった問題が、事件をきっかけに、問題として顕在化する。
本物の愛を見つめれば見つめるほど、自分と妻との関係が薄っぺらであることに気づく。
娘と母親の関係も、修復しがたいことに気がつく。

想像を超えた不幸を、父親は根気よく丁寧に解決しようとする。
だが、ちっとも解決しない。
事態は不幸へ、不幸へと向かう。
それでも父親は逃げない。

「愛は強要できない」
この映画は、この父親の一言のためにつくられたのではないか。

http://www.alcine-terran.com/bologna/

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2010年7月11日 (日)

あたたかなニュース

泣きながらコメンテーターをしてしまった。
日本テレビ系「ニュースエブリィ」で、612グラムの超未熟児で生まれた子の話を放送した。
脳の障害や、弱視がある。
でも、いるだけで命のすごさを教えられる。

孫が生まれたときに、おなかの手術がすぐに必要だった。
すごく心配だった。
小さな命を支えてくれる、きちんとした医療システムがあることで、どんなに救われるか。

すごいのは、お父さんとお母さんがどんどんいい顔になっていくこと。
不景気でお父さんの仕事がなくなる。
障害のある子を抱えながら、若い2人はため息をつく。
それでも、自分たちがしっかりしなければ、子どもは育つことができないとわかっている。
こういう若い人たちに、日本はもっと温かくなれるといいな。
そして、障害があっても、いろんなチャンスが子どもに与えられつづけるといいなと思う。

この日の番組では、小山慶一郎くんが取材した話も感動的だった。
親父がつくった野菜を東京で売る若者たちの話だ。
ふだんは、田舎で農業をしている親父に、息子は親孝行ができない。
だが、田舎から送られてきた朝獲り野菜を、息子は自慢げに声を張り上げて売る。
あたたかなお金が回転している。
これが「ウエットな資本主義」なんだ。

コメントを求められたが、2つの話に感動し、涙があふれて話すことができなかった。
つらいニュースも多い。
でも、番組では、できるだけあたたかな話をしたいと思っている。

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2010年7月10日 (土)

有意義な研究会

日本ホスピス・在宅ケア研究会に参加するため、鳥取に行った。

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2日間の大会は、詩人の谷川俊太郎さん、作家の吉本ぱななさんが参加したり、臨床哲学の鷲田清一さん、いのちのスープの辰巳芳子さんの話があったり、演劇が上演されるなど実に有意義であった。
「緩和ケア」というテーマを、実に多方面から探り、大会長の徳永進さんをはじめとするスタッフが、心を砕いてつくりあげたことが伝わってきた。

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ぼくのオープニングの記念講演は、午前の早い時間にもかかわらず、2000人の会場が満員だった。

「我々はどこから来たのか、我々は何者か~命の原点をみつめて」というテーマで、命の大きな流れの話をしながら、限りある命にどう寄り添うかを話した。
縦の人と人とのつながりとして、岩次郎さんや母のことを語った。

岩次郎は、津軽三味線が好きだった。
会場では、金澤流の家元・金澤栄さんが津軽三味線をひいてくれた。

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会場は水を打ったように静まり返り、一瞬にして津軽三味線の世界に引き込まれた。
アンコールもあり、たっぷりと聞かせてもらった観客は、大満足だった。

上の写真は、砂丘に出たところ、全国から来た参加者から記念写真をとってほしいと撮影を求められて。
下の写真は、在宅ホスピス医の内藤いづみ先生と、金澤栄師匠。

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S先生を偲ぶ

西日本にある病院の緩和ケア病棟の部長が亡くなられた。
残念だ。
悲しい。

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S先生は、今年4月まで仕事をなさっていた。
もちろん、すべてわかっていながら、自分のがんの苦しみを横において、患者さんの痛みを和らげようと、必死に働いた。

S先生が、鎌田に会いたいといわれたと聞いて、色紙を贈った。
とても喜んで、大事にしてくれていたという。

その後、いよいよ厳しい状態にあると知らされた。
『よくばらない』(PHP研究所)という本に、S先生の仕事のすばらしさを書いてお送りした。
ぼくの本を胸に抱きしめて、喜んでくださったという。

今日から、日本ホスピス・在宅ケア研究会が鳥取で開かれている。
ぼくはこの記念講演で、S先生にささげます、と話すつもりでいた。
S先生の病院の職員も何人か来るだろう。
しかし、間に合わなかった。

ぼくたちは丁寧に命をみつめ、支え、尊び、そして、いつかぼくたちも、支えられ、看取られ、葬られるときがくる。
それが、人生。
S先生、本当に長い間、ご苦労さまでした。
若くして先生はお亡くなりになりましたが、S先生の医療は消えないと思います。

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2010年7月 9日 (金)

高見盛、大好き

「スポーツニッポン」で、高見盛の言葉を読んだ。

「あいつはバカだ、ほかのスポーツで賭博するなんて」
高見盛はつらいど「未来のためにできるのは、いい相撲をとること。ぶっこわされた信頼を取り戻す」と言い切ったという。
かっこいいなと思う。

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高見盛は、いつも気力を前面に押し出すスタイルで、たくさんの人をひきつけている。
ぼくもファンの一人。
だが、あまりにも闘志をむき出しにするために、はたきこみやうっちゃりにも弱い。
もっと、黒ヒョウのような「静かな闘志」がつくれるといいなと思っていた。
けれど、高見盛には、あふれるような闘志が、彼らしくていいのだと思う。
もう、むずかしいことは言わずに、とにかく高見盛を応援しようと思う。

強くなるために、一生懸命、汗をかいているお相撲さんも多い。
そろそろバッシングではなく、日本の文化である相撲を、みんなの力でもう一回、たてなおしていく必要があるように思う。

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2010年7月 8日 (木)

元気になる旅

Tさんから手紙をもらった。
ある小冊子に鎌田との旅のことを勝手に書いたという。
「もちろん、ご自由に、心配ありません」と返事をした。1006222image598

彼は、立てない、座れない、歩けない。
車椅子で旅をしている。
ハワイに1回、上諏訪温泉の旅に3回参加してくれた。
ぼくと行く旅は「背伸びをしなくても参加できる」という。
上諏訪の旅では、Tさんと一緒に1000発の花火を見たのが思い出深い。

病気や障害があっても、旅はできる。
そればかりか、旅を楽しむことで、元気が出る。
病気や障害との付き合い方がうまくなったり、意欲が増すことで、ときには病気や障害が軽くなったりすることもある。
「元気になった」という参加者の笑顔や声を聞くと、本当にうれしい。
ぼくも自分自身の年齢や健康のことも考え、そろそろボランティアの足を洗いたいなと思うこともあるが、「元気になった」というみんなの顔をみると、もうしばらく続けたいと思う。

今年10月には、上諏訪温泉の旅がある。
みんなで早朝ウォーキングをしたり、蓼科へ紅葉を見たり、原田泰治美術館に行ったりしてきた。
これまで、諏訪太鼓の演奏や、大村みのりさんによる叙情歌のコンサートなども企画された。今年の企画はまだ未定だが、心から楽しめものにしたいと思う。
ツアーの日程、内容が決まり次第、お知らせしたいと思う。

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2010年7月 7日 (水)

62回目の誕生日

6月28日は、ぼくの誕生日だった。
62歳になった。

プレゼントをたくさんいただいた。
1006291image603デカパン。
ピースボートの若者たちが書いてくれた寄せ書き。
たくさんのお花もいただいた。

ヒヨコさんという方から、布ぞうりが送られてきた。
履き心地がいい。
これを履いて、家のなかを歩いていると、足裏のつぼが刺激され、なんとなく元気になる。
ヒヨコさん、ありがとうございます。

後日、ピースボートから驚きのプレゼントがあった。
69回クルーズの参加者15人は、いま、ガラパゴス諸島のサン タクルス島を訪れ、「ガラパゴス 森再生プロジェクト」と題して、植林活動をしているという。
Photoそして、ぼくの誕生日に、ぼくの名前を添えて、苗を植えてくれた。
スカレシアというガラパゴス固有のキク科の植物である。
いつか、ガラパゴス諸島に水をあげにいかないといけない(笑)。
感謝である。

今年の夏は、チェルノブイリの救援に行く。
パレスチナとイスラエルの二つの家族が対面する旅にも行く。
臓器提供をしたパレスチナの子どもの父親と、その臓器をもらったイスラエルの人が対面する。
どちらも大仕事である。
パレスチナに平和が来るようにお役に立ちたい。
そう決意した、誕生日の夜だった。

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各党のマニフェスト

参院選の各党のマニフェストを見た。
分厚くて、目を通すのも大変。
医療のところだけ、横断的に読み比べてみたい。

民主党は、診療報酬の引き上げに、引き続き取り組むという。
たしかに、今年10年ぶりに0.19%診療報酬が引き上げられた。
医療崩壊を防ぐには微々たるものであるが、日本経済が厳しいなかで、0.19%でも上がったのは大したものだったのかもしれない。
民主党は政権交代して、医師数を1.5倍に増やすと目標を立てている。
医師不足は相変わらず厳しい。
1.2倍くらいなら、日本中の医学部の教室、設備などの手直しはそれほどいらず、教員の数を若干増やすくらいで対応できると思うが、1.5倍となると大変である。
よい医師教育ができるのか、ちょっと心配である。

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自民党のマニフェストを見た。
診療報酬を大幅に引き上げると書いてある。
今まで10年間、なぜ診療報酬を上げてくれなかったのかと不満に思う。
1000人体制による「県境なき医師団」をつくって、地域の医師不足を解消するという。
1000人の医師をプールすることができるのか。
おもしろいが、実効性は薄いのではないかと思う。
震災などで、医師を緊急派遣するときには、2週間くらいが相場である。
期間限定の医師派遣なら対応は可能であり、実際、優れたシステムができはじめている。
しかし、地域医療の医師不足に対する県境なき医師団は、場合によっては1年ちかく、その地域に医師を派遣しなければならない。
そんなに長い期間、派遣できる医師がいるのだろうか。

公明党は、24時間、すべての患者を受け入れる病院を全国400箇所に配備するといっている。
資本投下すれば可能だと思う。
全国をカバーするドクターヘリを50機配備するという。
救急医療にドクターヘリは効果的であるが、ヘリコプターの出動を必要とする医療は、救急医療のなかのパーセンテージは低い。
コストパフォーマンスを考えると、どうかなと思う。

共産党では、医療費の窓口負担を引き下げることを目指して、まず高齢者と子どもの医療費の無料化を国の制度として実施するとある。
今のような状況のときに、医療費の無料化は、医療費の高騰を起こすのではないか。
かつて老人医療費が無料だった時代があるが、医療費の破綻が起こりかけた。
その反省を踏まえ、患者が自己負担し、自己判断することを目標してきたはずである。
フリードマンの経済の本を読んでみると、こういうサービスを否定している。

社民党は、地域の病院を守るため、公立病院の統廃合に歯止めをかけ、妊婦検診と出産を無料化するとしている。
いいことだ。

だが、やっぱり、すべての党を通して、バラマキという感じがしてしかたない。

国民新党は、健康保険組合を統合して、医療保険制度を一元化を図り、同時に患者の窓口負担などの上限を2割に軽減するとしている。
2割になるとありがたいが、それで医療保険を崩壊させないで、続けていくことができるのか、ちょっと心配。

みんなの党は、対GDP比10%を超える程度まで増やす。これは非常にいい。
いま8.1%である。
ぼくは、医療費をGDP比9.4%までもち上げれば、日本は世界一の医療を国民に提供できると今まで言ってきたが、これに近い。
問題は、財源をどうするか。

立ちあがれ日本は、医療に3年間で3兆円を投入し、各地域の特性を生かして、機能分担、連携を強めるとしている。
これはかなり実効性があるような感じがする。

新党改革は、医師を増やすほか、医師の勤務環境を改善すること、夜間や救急での病院の利用を適正にすること、予防接種の充実などをあげている。
これは、まあまあの提案で、相場的という感じ。

医療に関するマニフェストと読んで感じたことは、各党とも前向きに改善策を提案していることだ。
しかし、本当にできるのだろうか。
サービスが過剰で、バラマキではないかと感じるものもある。

完璧な政党はない。
どの提案も、実効性はクエスチョンマークだ。
それでも、ぼくたちは希望を託して選挙に行く。
すべてのことに賛成でなくても、このことは、この政党に託したいというものがあれば、選挙にいくべき。

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2010年7月 6日 (火)

変わる「瞬間」を逃すな

サッカーW杯で、日本代表チームはいい戦いをした。
初戦のカメルーン戦で1点を取ったときに、チームは劇的に変わった。
もちろん、そこに行くまでは表面下で、変わる潮流ができつつあった。
だが、あの1点によって、変化は目に見えるものになり、それがさらにチームをまとめる力になった。

その後、チームは見事に成長していく。1006292image604
パラグアイ戦に勝って、スペインとの一戦を見たかった。
残念に思う。

チームが変わるのも、人が変わるのも、じつは一瞬なのではないか、とずっと思っている。
その一瞬のために、人は汗をかき、壁にぶつかり、つぶされ、泣き、叫び、汚れ、苦しむ。
その一瞬がいつ来るのか、じっとうかがいながら。

今、ぼくは、人は一瞬で変われるというテーマで本を作成している。

日本代表チームのおかげで、日本は明るくなった。
この明るさを忘れないようにしたい。
レギュラーもベンチも、一つにまとまったことはすごい。

日本の政治も、与党も野党も、もっと一体感をもってほしい。
足の引っ張り合いではなく、この国をどうしたらいいのか、ていねいに議論を重ね、国民のためになる政策をつくりあげていかなければならない。
政治家一人ひとりに思いや立場に違いがあったとしても、日本というチームのために、国民のためにと考えて、協調できないものだろうか。

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命の語り部

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今日も、遠野の話題。

語り部から、オシラさまや座敷童子の話を聞いた。
昔話がなんとも生臭いものだということがわかった。

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子どもたちが、怖い、怖いと言いながらも、おばあちゃんたちから、こんな話を聞いていたのか、と思う。
生と死が、なぜこんなに近いところで語られるのか、不思議である。
語り部は最後に「どんどはれ」という言葉で話をしめる。
おしまい、おしまい、という意味。

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神隠しや姥捨てなど、悲しい物語も、人はきちんと語り継いで生きてきた。
残酷で、悲しい物語もまるごと命。
それを語り継ぐことで、自分の人生を見つめなおし、生き生きさせてきたのではないか。
かつて、山に閉ざされた美しい土地、遠野。
なんとも不思議な、忘れられないまちだ。

一番上の写真は、河童伝説のあるカッパ淵

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2010年7月 5日 (月)

鎌田實の一日一冊(70)

『経済分析の基礎』(サミュエルソン著、勁草書房)
『選択の自由-自立社会への挑戦』(M&R・フリードマン著、日経ビジネス人文庫)
『資本主義と自由』(ミルトン・フリードマン著、日経BPクラシックス)

『ウエットな資本主義』(日本経済新聞社)は、あたたかな資本主義を唱えたサミュエルソンと、過激な競争資本主義を唱えたシカゴ派のフリードマンを“結婚”させてしまえばいい、という発想で書いた。

両者の経済学の本を読んだ。

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ぼくの「ウエットな資本主義」は、どちかというとサミュエルソンに近い立ち居地のように思われがち。
しかし、フリードマンにシンパサイズしている部分が多い。

フリードマンはこんなことを言っている。
「ここ数十年間に、(アメリカ連邦)政府が乗り出した新事業の大半はことごとく目標達成に失敗している」
政府がやっていいことはあまりない、民間にやらせたほうがいいというのが、フリードマンの考え方である。
「たとえば、農業プログラムなど、貧しい農家を助け、農業につきものとされる変動性を解決するためのプログラムだったが、いまや国の恥というしかないものに成り下がっている。公的資金をたれ流し、資源の活用にゆがみを生じさせ、農家に対するしめつけは一段と厳しく、かつ微にいり細にわたるようになった。さらに、外交政策にまで重大な影響を及ぼし、しかも肝心の貧しい農家はいっこうに救われていない」

現在、行われかけている個別保障に関しても、同じような心配があるのではないかと、フリードマンを勉強すると感じる。

フリードマンがすっきりしていいところは「自由」にこだわったことである。
政府がやってはいけないこととして、徴兵制、国立公園、郵便、有料道路などを挙げている。
国立公園の運営なんかは民間に任せればいいだろうとたしかに思う。
郵政の問題も、郵政民営化が逆行していることに関していえば、これでいいのかなとハラハラする。
公務員の数も、郵政の逆戻しで増やそうとしている。

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このへんも、たしかに首をかしげる。
ラジオやテレビの規制をしないほうがいいと言っている。
これは、その通りだと思う。

農産物の買取保障価格制度なども、フリードマンは政府が行うべきではないと言っている。
産業規制、銀行規制も行うべきではないという。これは構造改革、新自由主義の発想である。
多くのところで納得できる。

職業の免許制度なども、フリードマンは反対している。
たしかに免許制度を通して、役人が新しい財団をつくり、免許を更新させ、そこで得た利益を天下り役人が自由にしている。

フリードマンで納得できないのは、社会保障制度の問題だけである。
フリードマンは最低賃金も決めないほうがいいと言っている。
社会保障制度はできるだけ自由に任せればいいと言っている。
これはどうも、納得ができない。

フリードマンとサミュエルソンを勉強していくと、ぼくの「ウエットな資本主義」は7割くらいがフリードマンに近いことがわかる。
だが、あとの3割、あたたかな血を通わす社会保障が必要という部分では、フリードマンのドライになりすぎるところとは相反している。

郵政改革や規制撤廃など、徹底した絶対自由主義や新自由主義ではなく、おだやかな自由主義というのが、「ウエットな資本主義」かなと思った。

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2010年7月 4日 (日)

遠野より

柳田國男の『遠野物語』出版100周年の記念講演のため、岩手県遠野市に来ている。

民話の語り部に会った。
美しい曲り家、河童が出るというカッパ淵を散策した。
低く垂れ込めた雲やうっそうとした木々も、どことなく雰囲気がある。

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父・岩次郎は、青森出身。
ホヤが大好きだった。
海のない長野に来てからは、なかなかホヤを食べられなかった。

岩手の人の言葉は、同じ東北出身の父の言葉に近い。
なんとなく、岩次郎さんのことが思い出され、ホヤを食べたくなった。

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ぼくはそれほど好きではないけれど、岩次郎さんの代わりにいただいた。
ホヤは、海水そのものの味がした。
なつかしい味。

遠野に来て、亡き父を思った。

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2010年7月 3日 (土)

村上先生、がんばれ

夕張医療センターで、騒ぎが起こっている。
理事長の村上智彦先生が、自殺を図って心肺停止状態の患者さんの受け入れを拒否したという。
19床の有床診療所はいま、一人体制である。
とても24時間体制で救急を受け入れられる状況ではないようだ。
夕張市の救急の予算は年間120万円。
その予算でさえ医師会の事務職員の人件費として消えている。1006223image600 実質ゼロだという。

苦境に陥った夕張市を助けたいと、夕張市に赴いた村上先生。
この動機を、行政やマスコミ、地域の人たちは理解する必要があるのではないか。

家にいたいというお年寄りを、彼は必死で診ている。
在宅患者は120件という。
外来も混雑している。
110床の特別養護老人ホームも、グループホームも運営している。
40床の老人保健施設にもかかわっている。
老人保健施設には担当医師がもう一人いるようだが、この規模の施設を理事長として一人でコントロールし、24時間体制で在宅ケアをしながら、なおかつ24時間365日、救急患者を受け入れることは現実的にはできない。

救急の受け入れを拒否したというバッシングではなく、厳しい現状のなかで、どう改善していくべきか、話し合っていかなければならない。
夕張市内には、夕張医療センターを含めて5つの医療機関があるという。
隣町まで、車で1時間から30分のところにいくつかの病院がある。

どんなに大変でも、医師は地域の人に認められ、感謝されることで、がんばれる。
だが、どうも夕張では、何かが空回りしているような気がする。
村上先生の熱い意気込みが切れてしまわないことを祈る。

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2010年7月 2日 (金)

バスラの院内学級

病気の子どもたちが勉強できる環境を整えることは、希望を与えること。
ぼくはJCFで、チェルノブイリの高汚染地域の支援をしているが、以前、小児病棟に院内学級をつくったとき、病棟が急に明るくなった、という経験をしている。
学んでいく子どもの姿ほど、力強いものはない。
子どもたちの目が輝き、それを見たお母さんたちも、希望をもつのである。

イラクのバスラは、今もテロの多い、危険なまち。
そのバスラの小児病院に院内学級を設け、JIM-NETのイラク人スタッフ、イプラヒム先生がずっと、白血病や小児がんの子どもたちに勉強を教えてきた。

イラクには、院内学級という仕組みはなかったが、イラクの教育省からマナール先生という教師が派遣されるようになった。
日本の支援からはじまったのだ。

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今年は、さらにすごいことが起こった。
JIM-NETはもう一人、先生を院内学級に送りこんだ。
18歳のザイナル。白血病のサバイバーである。
イラクでは、白血病は治らない病気と思われている。
そのなかで、白血病が治ったお姉さんが、目の前で勉強を教えてくれるのである。
子どもたちみんなの目の色が変わった。
クラスは、多いときには20人くらい。
アラビア語の読み書きや算数、お絵かきなどを教えている。

イラクでは授業を30日間、休むと進級できないという制度があったが、教育省と交渉し、がん患者は2ヶ月間休んでもいいという制度に改められた。
日本の小さなNPOが、イラクの教育制度を動かしたのである。
その結果、患者全員が進級できた。

子どもたちは院内学級でのびのびと学び、リラックスしながら、安心のなかで化学療法を受けることができている。
子どもたちの描いた絵の展覧会を開く予定だったが、治安が悪く、実現できなかった。
もし、展覧会が開ければ、子どもたちは喜び、もっと張り合いをもっただろう。

白血病の子どもたちや家族を含めた120人が、ピクニックにもいった。
家族同士が情報を交換し、励ましあう場面がみられるようなった。
日本的なあたたかな交流が、院内学級を通してできるようになったのである。
こういう一歩一歩を通しながら、憎しみ合いを断ち切りたい。
テロを生み出すような空気を断ち切りたい。

2009年5月に行われたイラク小児がん学会では、白血病の生存者がステージで歌い、観客に感動を与えた。

イラクのなかでも一番テロが多く、荒れているバスラに、いちばんあたたかな空気が漂いはじめた。
小児病院の院内学級だけでなく、バラスのまち全体をあたたかくできるといいな、と思う。

JIM-NETにご支援をお願いいたします。
http://www.jim-net.net/contents.html

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2010年7月 1日 (木)

雇用を生み出す介護保険に

信濃毎日新聞によると、2008年度介護保険費は6兆4185億円だった。前年度比4.2%増だったという。
介護保険は10年前に始まった。
そのときは3兆2000億円。
1005215image57110年間で約2倍になったわけだが、前年度比4.2%というのは、異常な伸び率ではなく、十分予想範囲内におさまっている。
居宅サービス費が3兆228億円となり、特養などの施設サービスの2兆5000億円を超えた。
施設サービスより在宅サービスを、を合言葉にしてきたことが、実現されつつある。
認知症グループホームには、約5000億円がかかっている。

強い社会保障を目標にしながら、強い経済を実現するには、いっとき介護給付費が上がることを恐れてはいけない。
介護給付費が上がっても、サービスを充実し、そこで働く人たちの給料も苦労に見合うようなものにすることで、雇用の確保、拡大につながる。
そうすることが、資本主義社会の分厚い中流をつくりだすことになり、さらには内需の拡大につながる。
この1、2年の介護保険の介護給付費の伸び率を10%くらいに想定しながら、雇用拡大をはかるという政治的リーダーシップが必要になってくるのではないかと思う。

一方で、消費税の議論がはじまっている。
消費税を上げるにても、介護の充実や雇用の拡大のために必要なのだという議論がほしい。

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