ヨルダン川西岸へ
ついにヨルダン川西岸に入った。
まさか自分の人生で、パレスチナに来るなんて、考えてもみなかった。
ジェニンの虐殺があった現場をみてあるいた。
イスラエルの戦車や自動小銃から銃弾が雨あられと降り、壁を無残にえぐっている。
壁に青年の名前と顔がかかれているのは、ここで亡くなったことを示している。
パレスチナの難民キャンプも訪ねた。
1948年のイスラエル建国以降、国内外の多くのパレスチナ人が難民となった。
ぼくらが救援活動で訪れたイラクのノーマンズランドにも、パレスチナ難民がたくさんいた。
イラクからヨルダンへやってきたパレスチナ難民も多かった。
パレスチナ人は住処を追われ、流浪の民としてつらい人生を歩んでいる。
夜、ベツレヘムに到着すると、パレスチナ自治政府の大臣がホテルにやってきた。
イスラエルに捕まっている7000人の政治犯を助けたいと訴える。
彼らは、まともな医療を受けられていないという。
多くの殉死者の遺体はもどってきたが、317人の遺体は返還されていない。
この317遺体は臓器移植に使われたのではないか、とパレスチナでは考えられているとのことだ。
たいへんな話を聞かされた。
スタッフたちのラマダンに合わせて昼食なし。
気温40度近いなかで、朝早くから夜遅くまで休みなしの忙しい一日だった。
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