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2011年6月29日 (水)

原発事故284

福島の人たちに話を聞いてきた。
多くの人が原発の安全を信じていたが、こんなことが起きてしまい、「原発はもういらない」と言う人と、「原発はいやだけど、仕事がほしいので、原発が再開すれば、結局は、原発に関係する仕事をしてしまうかな」という人がいて、複雑な状況がよくわかる。
避難所も多くの人が一箇所に落ち着いている人はほとんどいない。
4~5箇所を転々としてきた。
4箇所まわって結局、南相馬の20~30キロ圏の自宅に戻ってきた人が、避難所を移ってきた大変さを語ってくれたこともある。

Img_4221 戦争の暴力はやめようよと呼びかける神戸の「花と爆弾」というグループから、東北の応援のメッセージを託された

20キロ圏内に家がある人たちは、「帰れないならはっきり言ってほしい」「自分の人生設計がなかなかできない」。
県外に避難した子どもが、「放射能がうつる」と、いじめられそうになったという話も聞いた。
県外に出ても福島ナンバーだと、嫌な顔をする人がいる。悲しくなるという話も聞いた。

県外に避難していると、住民サービスが受けにくい。長期戦になったときに心配である。どのくらいの長期戦になるのか目処を教えてもらいたいという声も聞く。

船を流された漁師さんは、「魚を獲りにいければ、気分も晴れるだろうが、船がない」。
いや、船は無事でも、福島沖で漁をしていいというゴーサインがでない。
踏んだり蹴ったりである。
「海は、いつまで汚れているのかわからない。本当に原子力は恐ろしい」と嘆いた。

みんな、怒りや悲しみにあふれている。
それでも、東北の人はぐっとこらえているような気がする。

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