« 若者と語る(上) | トップページ | 虹の園のいま »

2011年8月19日 (金)

若者と語る(下)

南相馬のレン君は中学3年。
ピースボートでアジアをめぐる船旅に参加した。
ベトナムでは、枯葉剤の被害者と交流した。
いま福島県は放射能の脅威にさらされているが、楽観主義でいいのかと思ったという。

それに対してぼくは、楽観主義ではだめと答えた。
現実をきちんと直視して、本当の情報を得て、どうしたらいいのかそれぞれの人が自己決定していくことが大事だ。
そのためには家や学校や町がどんなふうに汚染されているかよく知って、それに対応したり、除染していくこと、と話した。

レン君は、スリランカで津波の被災者とも交流した。
日本よりもたくさんの人が亡くなっていることに驚いたという。
福島でも、スリランカでも、たくさんの人が亡くなった。
亡くなった人にはずかしくない生き方をしないといけないとレン君は考えている。

アジアの人たちと会い、英語をもっと勉強したいと思ったという。
戦争をなくすには、武力ではなく、交流が大事だと感じた。
いつかまたチャンスがあったら、外国に行ってみたいと思ったという。
若者たちに夢や希望をもってもらうことはとても大事。新しい世界をみることは、若者にこそ必要なんだろうと思った。

名取市のユウコさんは、仙台の高校3年。
震災当時スウェーデンに留学していた。
スウェーデンの小さな町で、たくさんの人から募金やメッセージをもらい、人のあたたかさを感じたという。
スウェーデンは社会福祉のお手本の国といわれている。しかし、極限状態になったときには略奪も起こる。
その点、日本はすごいと言われたという。
将来、人を助ける活動をしたいという。
若者たちはとてもしっかりしていて、すばらしいと思った。

最後に発言してくれたのは、女川の小学6年のヒロカさん。
津波でおばあちゃんとお母さん、お姉さんを亡くした。
先祖のお墓も流された。
女川の津波の被害はひどかった。壊滅的な状況である。

小学校の校庭まで津波が押し寄せてきた。
しかし、校庭のヒマラヤスギはどっしりかまえて倒れなかった。
なぜだろうと、校長先生が聞いた。
ヒロカさんはこう答えた。

「何千人もの卒業生やたくさんの人たちに、やさしく、あたたかいまなざしで見つめられてきたから、負けなかったのだと思います。
私が生きているということは、何かの役目があるから生き残ったのだと思います」

すごいなと思った。
悲しみのなかで、必死に生きている小学生。

倒れなかったヒマラヤスギのように、日本中が、東北の人たちに対してあたたかなまなざしで支えていく必要がある。
東北の人たちのやさしさや強さに、これ以上甘えてはいけない。

あたたかいまなざしがあれば、人は生きていくことができる。
東北へあたたかいまなざしを、ぼくたち日本にもあたたかいまなざしを。
そんなこと感じた、2時間の放送だった。

|

« 若者と語る(上) | トップページ | 虹の園のいま »