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2011年12月25日 (日)

原発事故385

警戒区域と計画的避難区域が4月には見直させれるようだ。
年間20ミリシーベルト未満の避難指示解除準備区域、年間20以上50ミリシーベルト未満の居住制限区域、年間50ミリシーベルト以上の帰還困難区域の3つの区分に再編される。

それぞれの市町村の首長たちは、町を分断するのかと非難しているようが、広い町ではまだら状に汚染されているので、一つの町のなかでも住めるところに住むというのも一案のように思う。

ただし、居住制限区域でも、5年後も年間20ミリシーベルを下らないとされる地域も帰還困難区域としているが、居住制限区域と帰還困難区域に関しては、本来、住まないほうがいいと思う。
この区域は、除染をして経過をみながらも、当面は人は住まないほうがいい。
わかりやすい言葉でいうなら、やはり強制移住区域としたほうがいいのではないか。

1112212__ 諏訪中央病院の庭

チェルノブイリを見てきた経験からいうと、25年後もこの二つの区域がきれいになっているか微妙である。
除染をしても、放射能がこの地域から消えるわけではない。
放射性物質のがれきの処理の方針が明確にならないかぎり、その区域内のどこかに移動しているにすぎない。
チェルノブイリでも25年たった現在も、高い汚染が続いている。

政府はそれぞれの住民に丁寧に説明し、土地の買い上げなどを謝罪しお願いするのが筋のように思う。
該当する地域の人にとってみれば、故郷に帰れないということは納得できないと思うが、高汚染地域に帰ることは国がどんなに甘い基準をつくったとしても、簡単には決断できない。
特に、子どもをもつ親たちは帰りたがらないだろう。
将来、お年寄りだけ戻るという場合、その村のカタチはどんなカタチになるのかも考えなければならない。
みんなが納得するには時間はかかるが、厳しい議論をしたほうがいいと思う。
新しい土地で、新しいコミュニティーづくりをするのも一つの案として、徹底して議論すべき。
むしろ移住することを第一案として考えながら、新しい町村づくりができないとなったときに、そのときは何年後かに自分の故郷に帰るということを検討したほうがいいと思う。

町場の除染はできるが、里山の除染は期待できないだろう。
里山の除染ができない以上、台風などが来るたびに汚染を広げる。
水田の水も汚れ、米が汚染される心配も続く。
20ミリシーベルト以上の居住制限区域や帰還困難区域に関しては、たいへん厳しいと考えておいたほうがいいだろう。

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