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2012年1月27日 (金)

鎌田劇場へようこそ!(102)

「医(いや)す者として」

若月俊一先生の存在は、ぼくを八ヶ岳山麓へ導いた一つの理由になっている。

若月先生が全国地域医療研究会の会長で、茅野市で研究大会を開催したとき、若月先生と岩手県沢内村の増田進先生、京都の早川一光先生をお招きして、第一世代の地域医療の旗手たちの話を聴くことができた。
そのとき、ぼくは司会をしていた。

Photo

若月先生と対談をするために、佐久市までうかがったことがある。
その内容は、若月俊一対談集の第一巻に載っていて、実におもしろい。
住民のなかへ、ヴ・ナロードという思想を、80歳をすぎてまで持ち続けていたことが対談から読み取れる。

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このドキュメンタリー映画は、30万フィートもあるフイルムのなかから、取り出した。
今の時代にとっても、なんとも大切なことを語っているのである。
ヴ・ナロードの思想が、実践されていた記録である。

長野県の会合などで時々お会いすると、若月先生はいつもぼくの横に座り、「カマタ君はいいな、元気そうで、ぼくはこのごろ元気がなくてね」と自分の下半身を指差すのである。
80歳を過ぎて、なんともおちゃめ。
このフイルムに映っている若月先生とは違う、オモロイ元気のいいおっちゃんみたいな若月先生が忘れられない。
素のままを出せる若月俊一の人間性は、農村に入っていくとき受け入れられやすかったのだと思う。

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