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2012年10月26日 (金)

原発事故519

子どもをつれて、福島から山形へ避難しているお母さんたちに、放射線と健康の話をしてきた。
たくさんの質問に答えながら、お母さんたちの精神的ストレスはとても強いと感じた。
必死に子どもたちを守ろうとしている。

山形の人にとてもよくしてもらって、もうしばらくここで暮らそうと決めた人もいれば、一人で福島で暮らしている夫が精神的にまいってしまい、帰ろうか迷っているという人もいた。
基本的には自己決定することが大事で、その判断材料の一つとして、ぼくの知っている範囲の放射線の話が参考になれば、と思う。

Img_7325 山形で暮らす福島のお母さんたちと

チェルノブイリ原発事故では8600人の小児甲状腺がんの発生が知られている。
それ以外で、IAEAやWHOが認めた病気の増加はなかった。
しかし、ウクライナのドクターのなかには、心臓や血管系の疾患が4倍近く増えていると指摘する人もいる。
がんの増加は、統計的に有意ではないが、ウクライナのドクターたちにいわせると、10万人当たりの発生率は原発事故前は200人だったのに対して、原発事故後は310人になった、という。
じわじわと多くなったと主張しているのである。
そのほか、脳血管疾患や心筋梗塞、がん以外の甲状腺疾患、白内障などが多くなっていると主張している。
少なくとも放射線は、活性酸素と同じようなフリーラジカルであるから、これらの病気になるリスクを少しあげると考えたほうがいい。
だから、放射線の影響がなんにもないなんて考えず、十分注意する必要がある。

福島に残って暮らすには、きちんと定期的に体内被曝を測定し、できるだけ検査したものを食べる必要がある。
ただ、こわがりすぎる必要はない。
今年2月からは有意の体内被曝者は発生していないということも事実である。
外部被曝に関しては、JCFが福島の50人に対しておこなっている積算線量計の調査からも、対処法がわかる。
福島県内で暮らす子どもや妊婦に、1年数ヶ月、積算線量計をつけてもらった結果だ。
日本の自然放射線の被曝量は平均1.4ミリシーベルトであるが、福島県に住む50人の平均は約2ミリシーベルトだった。
ただし、鉄筋コンクリートのアパートに引っ越した人などは、松本で暮らしている人と変わらない、平均的な数値に近いこともわかった。

健康への害の大きさは、体内被曝量+外部被曝量と考える。
外部被曝を受ける量が多いところで暮らしている人は、食べ物などから内部被曝を受けないように気をつける必要があるということだ。

Img_7332 山形から大阪へ。そこで、雲間から太陽が不思議な光線を放っているのを見た。うつくしい夕景だった。

福島に帰るかどうかは、それぞれが自己決定するしかない。
ぼくがかかわった検査の数値を示して、お母さんたちがもう少し山形で避難を続けようと考えるか、福島に戻ろうとするかは、お母さんたちが決めていくしかない。

「鎌田先生の孫だったらどうしますか」と聞かれたら、どう答えるか、自分でも正直わからない。
低線量被曝のリスクはわからないことが多い。
ぼくの孫だったら、念のために安全なところに出るという可能性が高いと思うが、やはり、わからない。
低線量被曝に関しては、絶対的な正解がないので、○に近い△を探すしかないと思う。

本当はもっと、正直にこういう話を福島県の中でも、県外でもできるといいのだ。
放射線はわずかでもダメという人と、だいじょうぶという人とが、空中戦のようにむなしい戦いをするのではなく、微妙なところをどうしたらいいのか、専門家がきちんと入りながら、子どもをなんとか守りたいと思っているお母さんたちと、膝詰めで何度も話しながら、○に近い△を見つけていくことが大事なのだと思う。

お母さんたちに、おいしい芋煮汁をつくってもらった。
ぼくから、行列ができるラスク屋さんのラスクをもっていった。
それから、ぼくの本を読んで感激したくれた方が3万円の寄付をしてくれたが、その方に許可をいただき、この山形のお母さんたちに寄付してきた。

こうした支援は、これからも続けていこうと思っている。
11月13日の夜、南相馬の小中学校で、南相馬市立総合病院でホールボディカウンタの検査をしている坪倉先生と二人で、PTAの方々の質問に答えようと思っている。
その日の午後は、小高(おだか)中学の子どもたちに「命の授業」をしようと話が進んでいる。
14日はいわき市で講演をする。
11月28日午後1時30分からは南三陸でボランティアの講演会、6時30分からは陸前高田でボランティアの講演会をおこなう。
12月1日、郡山でJIM-NETがサポートしている農家の人たちと収穫祭を祝いながら、農家の人たちの質問に答える勉強会をする予定。

相手の身になり、わからないことはからないといいながら、福島の人たちといっしょに、どうやって自分や子どもたちの健康や命を守っていったらいいか、話しあいを続けていこうと思っている。
正解探しの旅である。

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