生者の都と死者の都
ナイル川東岸は生者の都で、西岸は死者の都だ。
東岸にあるカルナック神殿やルクソール神殿では、政治が行なわれたり、庶民の生活があったり、祭があったりした。
西岸には、王家の谷があり、62の墓が見つかっている。
死ぬ前から、王は自分が埋葬される壮大な墓をつくった。
再生復活することを権力者たちは願っていたのだ。
ツタンカーメンの墓をのぞけば、ほとんどの墓は盗掘され、復活するための装飾品や船や生活道具などはすべて盗まれた。
結局、ファラオたちの夢は叶わず、誰も再生復活は出来ていない。
死者の町は、死者の町なのだ。
その死者の町には、ハトシェプスト女王がつくった弔いの儀式が行なわれる葬祭殿が残っている。
「死」は、人間のみが生み出した概念である。
多くの人がこの「死」を恐がり、哀しみ、苦しんできた。
再生という願いを込めて、その不安から脱出しようとしてきた。
今でも、世界中に再生を願う宗教は多い。
僕は再生を願わない。
死んだら終わり。死ぬまで精一杯生きればいいと思っている。
「100万回生きたねこ」のように、死んでも死んでも生き返ってしまったら、なんだか疲れてしまいそうだ。
僕は、生者の町でしっかり生きようと心に決めた。
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