鎌田實の一日一冊(219)
「炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三十四年の軌跡」(杉原美津子著、文芸春秋、1400円+税)
いい本である。
著者は、1980年の新宿西口バス放火事件の被害者。
全身80%の火傷を負い、十数回の皮膚移植を受けた。
そのとき使われた非加熱血液製剤から、C型肝炎に感染。
それがもとで肝臓がんになり、今、末期となった。
非加熱製剤は、アメリカではすでに使わりなくなっていたが、日本ではまだ使われており、C型肝炎やHIVの感染を起こしている。
あのとき、非加熱製剤が使われなかったら、と著者は思う。
たくさんの野次馬が、バスを取り巻いていたが、誰一人として助けてくれなかった。
人間てそんなものかなと思ったという。
その燃え盛るバスを、偶然、カメラマンをしていた兄が撮影し、スクープになる。
バスのなかに、妹がいることを知らないまま。
仲がよかった兄だが、それ以降、疎遠になった。
兄と再び会うようになるのは、兄が母を介護し看取ってからのことだ。
放火犯のMの生い立ちを知り、彼女はかわいそうだなと思う。
自分がこれほどの地獄を味わっても、この人はMさんに同情する。
死刑の判決が下りなかったときも、よかったと思った。
仮釈放されたら、家に呼んですき焼きをごちそうしたいとまで思ったという。
周りの人は、犯人を憎めというが、自分は憎むことができなかった。
過酷な運命を強いられ、自らの生と死を見つめる。
なんともすごい人である。
| 固定リンク