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2015年2月 8日 (日)

鎌田實の一日一冊(232)

「堕落論」(坂口安吾著、新潮文庫)
イラクの砂漠のなかで、読んだ。
一日中動きまわって、体はへとへとだが時差のために眠れない。
坂口安吾を読みながら、安吾の予言に自分のことを見抜かれたと思った。
「人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう」

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自分の自由のなさにこのごろ、気がつき始めている。
自由だと思っていたが、決して自由ではない。
安吾はこう書く。
「人間は永遠に自由ではありえない。なぜなら人間は生きており、また死なねばならず、そして人間は考えるからだ」
「人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。
人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。
それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。
人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外のなかに人間を救う便利な近道はない」
「人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。
だが、人間は永遠に堕ち抜くことはできないだろう。
なぜなら、人間の心は苦難に対して鋼鉄のごとくではありえない。
人間は可憐であり、静寂であり、愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる」
もっと自由に堕ちたっていいんだ。
どんなに堕ちたって、堕ちたって、堕ちたって、堕ちぬくことはできない。
結局、大した堕落はできないのだとしたら、もっと勇気をもって、自由に堕落をすればいいのだ、と砂漠のなかで考えた。

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