鎌田實の一日一冊(283)
「激励禁忌神話の終焉」(井原裕著、日本評論社)
著者は、獨協医科大学精神科の教授である。
うつ病の薬は必須なのか。
もちろん、大事な時期はに抗うつ剤を使うのであるが、
薬を出さない選択も考えて、できるだけ薬から卒業できるように作戦を立てていく。
そして、「うつ病の患者さんには激励してはいけない」といわれているが、これは神話であると言う。
介護専門誌「おはよう21」で対談した。
井原先生は、発想が豊かだ。
仕事が人を成長させる。
いい仕事をすることが最大の幸福。
幸福とはメンタルヘルスそのものである、という。
たしかに、健康は目標ではない。
目標は、幸せだ。
ぼくも健康づくり運動をしながら、「幸せになるために健康になるにはどうしたらいいか」を考えてきた。
文章も美しい。
「決してルサンチマンから自由になれない人間に救いはあるのか。
ルサンチマンを隠そうとすらしなくなった怒れるうつ病患者たちに対し、私ども精神科医はどう対すべきか」
そして、こうも書く。
「むしろ、彼らに『もっと怒りを』と促すことのほうが治療になるのではないか。
『ふざけやがってコノヤロウ』のエネルギーを建設的に利用することこそ、彼らを導く方法ではないか」
なるほど、と思う。
対談で、井原先生は「メンタルヘルスは実存的な問題だ」と語った。
うつ病の治療をするときに、不安をどう緩和するかというよりも、
その人が仕事のプレッシャーを通して、自分は何者か、何になりたいのか、何をして何を得たいのかという本質を問うていくことが大事だという。
だから、ときには激励してもいいというのが彼の考えのようだ。
精神科が薬重視になっている傾向はある。
井原先生は週一回、指導をかねて東京駅の近くのクリニックで外来をしている。
そのクリニックの院長は諏訪中央病院で働いていた田中先生だ。
ぼくが訪ねた日、17種の抗うつ剤や睡眠薬、精神安定剤を飲んでいた患者さんが、一年がかりではあるがすべて止め、卒業するという場面に出合った。
本当に、そういうことができるのだと知り、うれしくなった。
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