ある男性の末期がんが、節分のころ、緩和ケア病棟に入院してきた。
ちょうどそのとき、緩和ケア病棟では節分の行事の真っ最中。
「鬼はそと、病気はそと」
病室から出られない人にも楽しんでもらおうと、ぼくと看護師が鬼のかっこをして回診していた。
他所の病院で末期がんと言われ、暗い気持ちで転院してきた男性。
いきなり、豆まきの豆を渡された。
「鬼はそと、病気はそと」
大きな声で豆をまいて、大笑い。
「緊張してこの病院に来たけれど、まさか豆をまくとは思わなかった。
しかも、鎌田先生に豆を投げつけることになるとは。
元気が出てきた。
なんでもありなんだと思えるようになりました」
その後、その男性の病室に行くと、色紙が用意されていた。
何か書いてほしいという。
迷ったが、「生きているってすばらしい」と書いた。
命の期限が迫っている人に、この言葉はどうかな、と思ったが、
それでも、この方に元気を出してもらいたいと思った。
2か月ほどして、男性はいい状態になり、自宅に帰ることになった。
奥さんは、そのときのスタッフの言葉がうれしかったという。
「いつでも困ったことがあったら、電話してください。
できるかぎり、すぐに入院できるようにします」
末期がんなので、治療がなくなったら無理やり退院させられるのではないか。
退院したら、その後、病院は冷たく、なかなか再入院させてくれないのではないか。
奥さんはそんなふうに思っていたようだ。
だが、この言葉で安心して在宅療養に移ることができたという。
◇
ある日、自宅で、夫がテレビを見ていた。
富士見のスキー場にスズランが咲き誇っているというニュースだった。
「行ってみてえなあ」
奥さんと子どもが協力して、車いすに乗せた。
ゴンドラに特別に止まってもらい、抱きあげて乗せた。
上につくと、再び、折り畳みの車いすに移乗してスズランの花畑へ。
大事な思い出になった。
「先生に、もう一回帰れるなら家に帰りましょう、と言ってもらってよかったです。
いい2か月を過ごすことができました。
本人も私たち家族も大満足です」
地域包括ケアは、死をおそれず、死をきちんと見つめながら、生きるためのお手伝いをするネットワークだ。
その延長線上に、笑顔のあるいい最期がやってくるのである。