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2016年8月14日 (日)

鎌田實の一日一冊(299)

「梅の切り株」(高橋静恵著、コールサック社)
福島の詩人、高橋静恵の詩集には、とても考えさせられた。
詩「梅の花が咲き」の後半部にはこうある。
「あの日
風景が轟々と得体の知れない怪物のようになり
揺れのおさまった空は薄暗くなり
雪が黒く舞い上がっていきました
ふるさとに
十基もの原子力発電所があったことも知らなくて

私のなかで眠っていたワタシが
なにをしてきたのでしょう
なにをしてこなかったのでしょう
なにができたのでしょう
なにができなかったのでしょう
私を責め続けてくるのです」

Photo

義父から新築祝いにもらった大切な梅の木が放射線を浴び、切ると決断した。
詩「梅の切り株」の後半の一部。
「梅の精がひとり正座している
ごつごつとした幹肌
薄い痛みが張りついたまま
この小さな庭で
わたしたち家族
これから暑い夏を
どうやって癒していくのだろう
切り株にしたのはわたしだ
切り株の影が
わたしの背を抱いている
うつうつ
おろおろ
為すすべもなく
わなわな
れろれろ
闇の中で
溢れる嗚咽がわたしを抱いている」

一本の梅の木を通して、福島で生きる人が心を痛めている。
血の涙を流しているのだ。
怒りや悲しみが伝わってくる。
ぼくたちの社会は、2011年3月11日の震災を何事もなかったように受け入れ、
生き方は何も変わっていない。
何とも不思議な国だ。
時間をかけてもいい。
でも、そろそろはっきりと原発への態度を改めるべきなのではないか。
この詩を読んでそう思った。

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