緩和ケア病棟を回診した。
49歳の膀胱結腸がんで肝臓転移がある男性は、奥さんと子どものことをしきりに心配していた。
奥さんがぼくの本を読んでいるそうで、ぼくに色紙を頼まれたことがある。
この3週間ほど、家族ためにいい思い出をつくりたいと希望を語っていた。
池の平ホテルに泊まって遊園地に行く計画を、自分で立てていた。
お盆の時期なので、人気ホテルの予約がとれないときは、ぼくもホテルにお願いしようと思っていたが、
その心配はなかった。
彼は、自分のことは自分でする、自由な人だ。
いつも点滴を抱えて、外来の長椅子の気に入ったところに座ったり、ときにはそこで寝込んしまう。
自由気ままに病院の中を動き回り、自分らしくいることにこだわっている。
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40歳の肝がんで、肝硬変を伴い、多発性骨転移のある患者さんは、肝性脳症になって、ゆっくりとした会話しかできない。
野菜の名前もなかなか思いだせない。
ぼくが回診に行ったとき、理学療法科のOTが手足のマッサージやリハビリのために病室に来ていた。
彼は、奥さんのことをいつも心配している。
奥さんも彼を思っている。
この1週間に撮ったというアルバムをみせてくれたが、どれもいい写真だった。
本人も奥さんも、いよいよであることを覚悟している。
命に寄り添い続け、その人がその人であり続けられるように、ぼくたちはどこまでも応援していく。
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食道と医の接合部に腺がんができた54歳の男性。
胃の全摘をしたが、再発した。
高齢の母親のことをとても心配している。
彼は、バイクが趣味で、元気なときは1000㏄のバイクに乗っていた。
体力がなくなって500㏄にしたが、いまはそのバイクにも乗れなくなった。
車が好きで、病院の玄関まで降りていき、玄関のいすに座って、車をみている。
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82歳の胃がんの女性は、ぼくの手をにぎって、さびしい、さびしいと訴えた。
人間は根源的にさびしい動物だ。
少しでも居心地がよくなるようにしたい。
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この日の回診は、岡山大学、香川大学、北里大学の学生が同行した。
北里大学の学生は、都立西高の後輩。
西高で、ぼくの講演を聞いたことがあるという。
回診は、患者さんたちの思いに触れ、涙ながらの回診となった。
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夏休みということもあり、諏訪中央病院にはふだん以上にたくさんの医学生が研修にきている。
8月20、21日は全国から30人の医学生が集まり合宿があった。
総合診療の指導医山中克郎先生と、佐藤泰吾先生が中心になり、ほかの指導医たちが、
総合診療、家庭医、ジェネラリストの魅力を語った。
「医師に、患者の気持ちがわかるような教育をしているのか」と、ある方から怒りの手紙をもらった。
ぼくに手紙を出すのは「お門違いだと思っているが、どこへ出していいかわからず」に書いたという。
患者さんや、その家族を大事にすること。
患者さんの命だけでなく、夢や思いを大事にすること。
田舎の病院できることは限られているが、それでもあきらめるわけにはいかない。
医療が高度になるにしたがって、医療が冷たくなったといわれて久しい。
もちろん、高度医療の専門医のなかにもいい医者はいっぱいいるが、
患者の心を理解しようとしない医師もいることはたしかだ。
医療がやさしさを取り戻すには、どうしたらいいのか。
若い医学生たちに、忘れてほしくないことである。