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2016年9月12日 (月)

パラリンピックと寛容

パラリンピックを楽しんでいる。
ドーピング問題でロシアを出場停止にしたことは、パラリンピックにはいい判断だったと思う。
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車いすバスケットに注目していたが、僅差でトルコに負けた。
残念だったが、鳥海選手を見ているとうれしくなる。
こんなにも速く車いすを動かし、向きをかえ、ボールを奪うことができるのかと、ただただ驚かされる。
一種の芸術だ。
車いすテニスは、国枝選手が二回戦を突破した。
3連覇なるかどうか。
フランスの強豪ステファン・ウデ選手の車いすは1500万円かけた特注だという。
パラリンピックは、選手だけでなく、車いすや義足などの技術者にとっても腕を試される祭典である。
柔道は、迫力がある。
オリンピックでは、勝つために組んだまま時間切れを待つ闘い方を見させられたが、パラリンピックではしっかりと組んだ後、技の掛け合いをする。
本来の柔道に近いような気がする。
目の不自由な人の自転車競技にも注目している。
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パラリンピックをみていると、「寛容」というキーワードを連想する。
世界は、宗教や民族、国家、価値観の違いなどで、分断してきた。
分断のなかで暴力も生まれた。
その分断を解決するキーワードが「寛容」である。
それぞれの違いや多様性を認め合うこと。
あと少しだけ寛容であることが、世界を平和にし、だれにも住みよい社会をつくっていくために、いま問われているのだと思う。

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