鎌田實の一日一冊(316)
「僕はこうして科学者になった」(益川敏英著、文藝春秋)
電話がかかってきた。
英語で何か話した。
すぐに日本語の通訳が電話口に出た。
「ノーベル賞を一時間後に発表するのだが、受けてもらえませんか」
「私はカチンときた。
だって、賞というものはふつう数日前に内定を知らせ、受けてもらえるかどうか返事を待つもんだろう。
どうせ欲しいんでしょうという高飛車な態度に腹が立ったのだ」
ノーベル物理学賞の益川先生は、そんなふうに書いている。
いいなあと思う。
こういう人、大好き。
英語が苦手というのも、親近感をもつ。
この益川先生と、名古屋で公開対談をした。
久しぶりに胸のすくような人物に出会った。
小中学校では宿題は一切やらなかったという。
どうしてですか、と対談で聞くと、
「遊んでいるほうが面白いじゃないか」
好きなことをやってきた結果が、ノーベル賞。
すごいなあ、と思う。
益川先生は科学が軍事や戦争に利用されてしまうことを危惧している。
ノーベルは、ダイナマイトを開発した。
大規模な土木工事が簡単にできるようになったが、同時に戦争の道具として使われるようになった。
その反省を込めてノーベル賞をつくったといわれている。
科学者が権力に巻き込まれていくとき、
技術的動員の前に、逆らえないようにする「精神的動員」があるという。
「精神的動員」という益川先生の言葉は、とても印象的だった。
とてもおもしろい本だ。
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