東日本大震災から10年、その記憶(15)
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加藤登紀子さんと2012年7月、福島県の玉川村に入って、被災した人たちを元気づけるコンサートを行いました。
加藤登紀子さんは、「ふくしま・うた語り」というCDをつくってくれました。鎌田の詩の朗読もあります。
このCDは、JCFでお求めいただけます。
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佐賀市にある「まちかどライブラリー鎌田文庫」2月のイチオシ。
「いのちの波」(三木成夫著、平凡社)
著者は、ぼくの恩師。医学部で、この発生学の大家から解剖を学びました。人間はどこから来たのか、という問に挑んでいます。
「アンジュール ある犬の物語」(カブリエル・バンサン著、ブックローン社)
全く言葉がかかれていない絵本です。切なくて愛おしい犬と人との関係が見事に描かれています。
「嬉しいことばが自分を変える ことばの取扱説明書」(村上信夫著、ごま書房新社)
文化放送「日曜はがんばらない」の相方、村上信夫さんの本です。
この他、震災からもうすぐ10年ということで、震災に関連する本もおすすめしています。
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南相馬市の小高駅の近くに双葉食堂というラーメン屋さんがあります。
双葉食堂の女将さんとは、新潟県の三条市のに避難したとき出会いました。
震災前からファンの多い食堂で、福島に残った人たちは双葉食堂のラーメンが恋しくて恋しくてしょうがない、という声が、ぼくの耳にも入ってきました。
女将さんは、南相馬に戻ってきて仮設商店街でラーメン屋を再開。
ぼくは、「命のラーメン」と書いて色紙を送りました。
その後、避難指示が解除になると、元々あった小高のお店に戻りました。
店で働く人たちは被災した人たちがほとんど。
家を流されてしまった人もいます。
皆があたたかな雰囲気です。
ラーメンは、余分なものが入っていない正統派。
とにかく美味しいラーメンです。
今年の3月11日は、日本テレビ「ニュースエブリィ」で、ぼくが双葉食堂の現在や絆診療所の現在をお伝えします。
是非、見てください。
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2月15日は国際小児がんデー。
JIM-NETハウスの院内学級の子どもたちと、国際小児がんデーのイベントを行いました。
ウード奏者がやってきて、子どもたちと歌ったりして、小児がんと闘う子どもたちは笑顔がいっぱいです。
シリアを忘れない、というテーマで呼びかけているクラウドファンディングも佳境に入りました。
目標額の140万円まであと一歩です。
シリアで新型コロナウイルスと闘っている子どもや医療従事者にマスクを送る活動をしています。
SUGIZO さんや湯川れい子さんも応援していただきました。
目標まではあとわずかです。
よろしくお願いいたします。
クラウトファンディングはこちら ↓ ↓ ↓
https://motion-gallery.net/projects/jimnet-syria
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「鎌田實の長生き手抜きごはん」という料理本を作っています。
キャベツとしめじ、その他ある野菜を細切れに切って、その上に鮭を置いて味噌を乗っけています。
味噌には少しみりんが入っていて、甘だれ風です。
これで2分間、チン。
もう一品は、缶詰の牛大和煮缶と高野豆腐、しめじ、ごぼう、おろし生姜を入れてチン。
2分、3分蒸らして完成です。
毎日食べる料理は、フレイル予防や認知機能の低下を守るために大切。
カット野菜や缶詰、瓶詰を利用しながら、タンパク質いっぱいで、抗酸化力の高い野菜を美味しく食べられる料理本にしようと思って問います。
発売は、5月26日の予定。
若い人から高齢者まで、一人暮らしの人でも簡単に楽しくできる料理のヒント集になります。
お楽しみに!
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JIM-NETでは、パソコン購入が難民支援につながる「想うプロジェクト」に参加しています。
ZERO PCとは、環境や平和を考えたエシカルパソコン。
購入されると、売り上げの3~5%がJIM-NETに寄付されます。
パソコンを買い替える予定の方、ぜひ、ご検討ください。
詳しくはこちら ↓
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風に立つライオン基金が送る「ライオン放送局」
第23回は、「鎌田實は何をしてきたか」
風に立つライオン放送局」では、
風に立つライオン基金の活動に関して随時配信を行っています。
ぜひ、チャンネル登録をお願いいたします。
https://www.youtube.com/channel/UCJ_XtoBUkeLzKVqFKHrmB4Q
公益財団法人 風に立つライオン基金ホームページ
https://lion.or.jp/
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大船渡では、船が陸に打ち上げられた光景に愕然としました。
南三陸、釜石など、惨憺たる光景を見ながら少しでもお役に立てるようにしてきました。
大船渡から大島にも渡りました。
フェリーはほとんど全滅。
この時、乗ったひまわり号の船長は今もお付き合いをしています。
ひまわり号はずっと大島の人たちの命を守り続け、今は船を陸に上げました。
いずれは大島にひまわり号の記念館を作りたいと考えていますが、ひまわり号は見ることができます。
是非、大島に行った時にはひまわり号を見ながら、お茶を飲みに行ってあげるとありがたいです。
被災地を回りながら誕生日を迎えました。
皆が集まって誕生会をしてくれました。
ケーキにろうそくをたてて、ハッピーバースデーを歌ってもらいました。
東北の人はとにかくあったかいです。
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20㌔圏内では、入ることが制限されるなか、遺体捜索をしたり、潰れた家屋の型の始末をしている人たちがいました。
ぼくは、その人たちの健康管理をしに、20㌔圏内に入りました。
目に見えないところで危険を冒しながら遺体捜索をしている人たちの頭が下がりました。
その20 ㌔圏内にある小高工業高校が、その年の甲子園の地方大会で大活躍しました。
小高工の生徒たちは、仮設のいくつかの高校に分かれて勉強していました。
練習は、週に一回土曜日だけ。
ボールもユニフォームもみんな流されてしまいましたが、
たくさんの人たちが寄付をしたり、OB、OGがユニフォームやボールを届けました。
そんな逆境をはねのけて、彼らは強豪校を次々に倒していきました。
その姿に、小高の人たちはものすごく勇気をもらいました。
この時の主将は、いま結婚して、家庭を築いています。
みんな一生懸命生きています。
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福島県の子どもたちのことを心配し、何度も保育所へ通いました。
初めは20 km圏内にある保育所が閉鎖され、圏外の公民館を使って合同で子どもたちを預かる仮の保育所ができました。
そこにも挨拶に行きました。
作家の柳田邦男さんや絵本作家の伊勢英子さんとともに、子どもたちのとろこへ絵本の読み聞かせにも行きました。
「ぼくをだいて」という絵本を読みました。
風ぼくをだいて、雲ぼくをだいて、空ぼくをだいて、と続いた後、最後に、「母さん、ぼくをだいて」というフレーズを終わります。
聞いている子どもたちのなかに、万が一、お母さんを亡くした子どもがいたら悲しい思いをさせてしまうと思い、ぼくの生い立ちのことを語りました。
おじさんは子どもの時、お父さんとお母さんがいなくなって、他の新しいお父さんとお母さんのところへ行きました。友だちのなかにも悲しい思いをしてる人がいたら、優しくしてあげましょう。
そんなことを話しました。
読み聞かせが終わって、子どもたちはぼくにハイタッチをして帰っていきます。
最後の女の子が、「ぎゅっとしてあげる」と言って、ぼくをハグしてくれました。
子どもたちを励まそうと行ったのに、子どもに救われたような思いをしました。
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