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2021年2月 3日 (水)

東日本大震災から10年、その記憶(5)

20㌔圏内では、入ることが制限されるなか、遺体捜索をしたり、潰れた家屋の型の始末をしている人たちがいました。
ぼくは、その人たちの健康管理をしに、20㌔圏内に入りました。
目に見えないところで危険を冒しながら遺体捜索をしている人たちの頭が下がりました。

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その20 ㌔圏内にある小高工業高校が、その年の甲子園の地方大会で大活躍しました。
小高工の生徒たちは、仮設のいくつかの高校に分かれて勉強していました。
練習は、週に一回土曜日だけ。
ボールもユニフォームもみんな流されてしまいましたが、
たくさんの人たちが寄付をしたり、OB、OGがユニフォームやボールを届けました。
そんな逆境をはねのけて、彼らは強豪校を次々に倒していきました。

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その姿に、小高の人たちはものすごく勇気をもらいました。
この時の主将は、いま結婚して、家庭を築いています。
みんな一生懸命生きています。

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