詩と雨音
第30回中原中也賞を受賞した高村而葉(たかむらじよう)氏。
名前から、男性か女性かわからなかった。
調べてみると40代の男性。
受賞作品『生きているものはいつも赤い』(思潮社)は、20年近くを費やしたという。
中原中也はぼくも好きな詩人。
わかりやすい言葉を使っているところがいい。
高村さんの詩は、中也と違って難解なのだが、
ところどころで突き刺さってくる言葉がある。
「パプーシャの家」という詩にこんなフレーズがある。
「忘れられる人はいつも自分の時間を生きている(中略)
自分の時間を歩いて、今日は届かないと知っていても、風景の変わり目に自ら杭を打った。だから
その忘れられる時間を
かばんの中にしまって
次の家へとすべての家へと、
全ての優しい手はいつも震えて
傷んだタオルのような複雑さで世界を拭く」
忘れられる人はいつも自分の時間を生きて生きていたり、自分の時間を歩いていたりしている。
忘れられる人でいいんだと思った。
「エミリーには薔薇なんていらない」という詩には、
「○と×の間に
△
そして」
という言葉がある。
これは、ぼくが10年前に書いた「○に近い△を生きる」という言葉に近いと思った。
「無重力のための習作」という詩の最後にはこんなフレーズ。
「最終課題
嘘つきなこの口を
使い慣れたミシンで
手早く
縫い合わせること
そして
返し縫を忘れぬこと」
早朝、雨音を聞きながら
詩集を味わった。
幸せな時間だった。
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