看護専門学校・文化祭にお越しください
先週、東京上野の東京都美術館で「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」を見た。フェルメールの絵が7点飾られていた。実際には1点は「絵画芸術」という絵が、作品保護のため出版不能となっていたが、見ごたえのある絵画展だった。
17世紀、フェルメールの時代、オランダの小さな街デルフトでは、画家達の間で透視法という手法が盛んに用いられていた。それがフェルメールの絵のダイナミズムを生み出しているような気がする。
同時代の人たちの絵と比べてみると、フェルメールの力量がますますよくわかる。
皆同じように透視法を使いながら、心を動かされる量が違う。何かが違うのだ。
他の画家達の絵も透視法を使っているなというのはわかるのだが、フェルメールの立体感には到底及ばない。光の濃淡のみごとな使い方が、フェルメールの絵の存在感に厚みを増しているように思った。
先月デルフトの街を歩いたので、デルフトの画家達が描いた風景が、なんとなくわかるような気がした。
凸面鏡や、凹面レンズなどを使いながら、遠近の妙を確信しながら描いていた可能性が高いと推測されている。
顕微鏡の完成者で光学機器に深い知識を持っていたアンソニー・ファン・レーウエンフック(1632-1723)は、デルフト生まれである。透視箱という新しい器具も作られた。デルフトの画家たちがなんらかの影響を受けていた可能性はある。今でいう広角レンズで切り取った絵と言えばいいのだろうか。
たくさんのデルフトスタイルの絵が生まれ、その中で群を抜いて才能を発揮したのがフェルメールであった。今回の展覧会でそれがよくわかった。
特に感動したのは、「手紙を書く婦人と召使」。これはすごい。
相変わらず窓から日が差し込んで、手紙を書く女性のふくよかな存在感が見事である。床に落ちたくしゃくしゃになって手紙と、赤い封印が、繊細に描き出されている。手紙を書く女性の胸元の影の作り方などは、感嘆に値する。
「デルフト眺望」のモデルとなった街、デルフトで実際に訪れて、今もフェルメールの見た街が残っている感じがした。今回見た、「小路」という作品も、デルフトの街を彷彿させる絵であった。おそらくいくつかの風景を合体させたようなフェルメールが頭の中で再構築した風景画なのだろう。
二人の女性がみごとに風景の中に溶け込んでいる。椅子に座っている女性、路地の遠く向こうで掃除をしている女性、古びたレンガの中にぬりこんだ白が映えている。
オランダの美しい雲が浮かんでいる。この雲はいまも変わらないように思う。
「リュートを調弦する女」のモデルは、「少女」に出てくる女性に似ている。
「少女」は、レンブラントと同じように、お金を稼ぐため、誰かお金持ちのお嬢さんをモデルにして描いているのではないかと思った。
そして、フェルメールの最高傑作「真珠の耳飾の少女」は肖像画ではなく、その女性にデフォルメをほどこしながら理想の少女に仕立て上げたのではないか。と勝手な想像をした。
「マルタとマリアの家のキリスト」
「ディアナとニンフたち」
当時の有名な画家レンブラントたちが描く他の宗教画と似ているところもあるが、フェルメールが描くと何か不思議な温かさを感じる。
「ワイングラスを持つ娘」は、ステンドグラスの開いた窓からさしこむ微妙な光が絵の中にみごとに表現されている。
若い女性のドレスが広がり、ドレスの一つひとつのヒダやヒダの向こう側にある影がすばらしい。テーブルに広げられたナプキンのしわもまた見事である。
少女に話しかける男の髪の毛の一本一本、そしてその男の羽織っているマントの襟の光の当たり具合、女性が持っているワイングラスの輝き。
なんとも絶妙な形で描かれている。
「ヴァージナルの前に座る若い女」は、フェルメールの作品の中では、どちらでもいいなと思うものだった。
この一月半ほどの間に、17点のフェルメールの絵を見てきた。
圧倒的にすばらしかったのは、マオリッツハイスで見た「真珠の耳飾の少女」と「デルフトの眺望」。
この2点がぼくの大好きな作品である。
いつか「牛乳を注ぐ女」を見たい。会えるのを楽しみにしている。
最後は夏の思い出をみんなで合唱した幕を閉じた。
今回もすばらしいコンサートとなった。
「一度ミュージカルを見にいらっしゃいませんか」
劇団四季から声がかかった。音楽も芝居も大好き。すぐに「見ます」とお答えした。
しかし忙しくてスケジュールの空きがなかなか取れず、何度も日程の変更をお願いし、ようやくCATSシアターへ足を運ぶことができた。
3週間程、北極を回る旅にでていた。オランダから船に乗り、ノルウェー、アイスランド、グリーンランドと、氷山や氷河を見ながら北極圏の海を渡り、1週間前にNYから日本へ帰ってきた。
NYではブロードウェイ・ミュージカルRENTを見た。生きることの意味、人生、そして死を考えさせられるストーリーが、心地良い音楽でつながれていく。なかなかみごとな出来ばえであった。
CATSシアターに一歩足を踏み入れると、おっと驚かされた。都会のごみ捨て場が見事に演出されている。見世物小屋的な楽しさがあふれている。都会の中に怪しい空間があることが大事なのだ。劇場は都会の闇の空気に包まれていた。1200人の客席がうまく配置され、圧迫感がない。良い芝居小屋だと思った。
オープニングで引き込まれる。魔女猫タントミールの出だしの静かなダンスが、なんとも怪しく美しい。訓練されたダンス。異常に長い手足と、それをさらに何倍にも長く魅せるような踊りと照明。このオープニングを見た瞬間、「あ、日本のミュージカルもなかなかやるな」と思った。
しかしなんだかちょっと白けてしまうところもあった。
日本語と音楽がどうもマッチしないのである。
本来英語の詩につけられた音楽。
歌にするつもりで詞が作られたのではなく、詩人エリオットの言葉に後から音楽がつけられた。
おそらく作曲したアンドリュー・ロイド=ウェバーは、エリオットの英語の詩を繰り返し暗誦しながら、自分の心の中に旋律が舞い降りてくるのを待ったはずである。
今年5月、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの「星の王子様」をフランス新鋭の作曲家アルベルトがオペラにして、紀尾井ホールで初演を行った。
非常にすぐれた楽曲であった。オリジナルに作り直された日本語訳の詩も素晴らしかった。にも関わらず、それがオペラとなったとき、おそらくフランス語でこれを聞いたら何倍も素晴らしいだろうなとそのときも思った。
日本語の歌詞が説明口調になってくると、熱くなりかけた心に水をかけられるような気がする。
CATSはもともとそれほどストーリー性のないミュージカルなので、いくつかの音楽は英語の原曲でやっても、日本の観衆もついていけるのではないかなと感じた。
昼間は一切動かない物ぐさな太ったおばさん猫ジェニエフ・ドッツは、確かにおもしろいキャラクターだが、中肉でなんだか物足りない感じがした。中途半端はよくない。もっと本気で太っている猫が一匹くらいいてもよかったのかなと思った。
個性が求められる海賊猫グロールタイガーや長老猫のオールド・デュトロノミーなどの歌唱力もちょっと問題がありそうな気がした。それほど引き込まれなかったのだ。
に娼婦猫グリザベラはもっとカリスマ性があってもいい。
ボロボロ猫の向こう側に光り輝く何か、それがなかなか見えてこなかった。
ちょっと残念な感じがした。難しい役どころなのだろう。
とはいいつつ、もちろんその後ぼくは、圧倒的なダンスや声量や音楽にぐいぐいと引き込まれていった。
若い黄色いメス猫シラバブの「メモリー」は圧巻。
若いオスのマジシャン猫ミストフェリーズの歌やダンスには感動した。
ガラクタから機関車を作り出した、気のいいオス猫スキンブルシャンクスの声は魅力的で、白猫ヴィクトリアのダンスも神秘的で素晴らしかった。
俳優たちの圧倒的な運動力には脱帽した。
1階と2階を鉄柱をつかって自在に登り降りし、ステージと客席を疾走する24匹の猫たち。
そのフットワークは、まさに猫そのものであった。
客席に入り込んでくる猫たちの息遣いや親近感は、このCATSシアター2004の構造とマッチし、見事な演出だと思った。
総合的に判断すると、日本のミュージカルもなかなかすごいと思った。
ブロードウェイでミュージカルRENTを見た。 1989年12月24日から1年間のニューヨークのイーストヴィレッジが舞台となっている。
エイズにかかり死んでいく若者、死を恐れながら愛し合うエイズ患者、麻薬におぼれていく若者、同性愛、家賃(レント)も払えないギリギリの生活。
生や死、いのち、人生を考えながらよろよろと立ち上がり、助け合いながら生き抜いていく。
歌唱力がすごい。オールディーズのような曲でつながれていく。
すばらしい歌が盛りだくさんである。「星に願いを」なども出てくる。
古ぼけたホールは満員。熱気に包まれていった。
人間を死んでいく存在として作れらている。
クライマックスは全員のコーラスによるものすごい盛り上がりの中、
「今日楽しいことが大事」と歌い上げていくのである。
RENT―貸すという言葉から連想されるのは、ぼくたちの身体こそ借り物であるということ。
38億年の生命の歴史の中で、ぼくたちは単細胞から徐々に進化をとげていった。
魚から爬虫類、哺乳類へと、色々な生き物の中を「つながる」という宿命を持ち、
色々な乗り物に乗り換えながら、バトンタッチをしながら、生き抜いてきたのである。
ぼくたちの地球も、ぼくたちの命も、借りたものである。
一時預かりのように、ぼくたちは人生や地球を借りて、生き抜いていく。
そしていつかこの命を誰かにバトンタッチしていく。
RENTして生きていく…。
フェルメールを見るためにフリックコレクションへ行った。
「兵士と笑う娘」はなかなかの一品だった。
光があたった女性のはにかんだような優しい穏やかな顔がとても印象的だ。
少し開いた窓から差し込んだ光と、ステンドグラスを通した光とが、微妙に研鑽されている。
カーテン部分の陰影など光の捉え方が見事である。
外の光が窓に反射しているのもわかる。
フリックコレクションは、NY5番街にある邸宅美術館である。
なかなかたいしたものだった。
その他に「稽古の中断」と「女と召使」が飾られてあった。
「稽古の中断」は、窓から差し込んだ光の中、若い女性と音楽の先生が見事に描かれているが、「兵士と笑う娘」ほどの感動はない。
女性の顔があまりイキイキと感じられなかった。
フェルメールが残した絵は33~36点ほどではないかといわれている。
フェルメールは光を捉えるのがとてもうまい。
窓辺から光が差し込むとフェルメールの世界が広がっていく。
しかし光が差し込んでいない絵は、この時代のレンブラントやその他の絵と同じように暗いのだ。ぼくはあまり好きではない。
作品の中にクオリティの差があるように思った。
さらにフェルメールの絵を探して、メトロポリタン美術館へ行った。
ゴッホやマチス、ピカソなどの絵がふんだんにある美術館だが、フェルメールの絵の前には最も多くの人が集まっていた。
どこの美術館へ行ってもフェルメールの絵の前には大きな人だかりができている。
世界の人気画家であることは間違いない。
「窓辺で水差しを持つ女」が実にすばらしい。
女性が窓辺に立ち物思いにふけっている。
左手で水差しを持ち、右手で窓を開けようとしている。
水差しの下には盆があり、窓からの日差しと、盆の下の赤いテーブルクロスが、淡く映し出されて、光の反射をみごとに捉えている。
女性と背後の白い壁、そして右奥に見える掛物とのバランス。
窓にかかる手の美しさ。
確かに傑作だと思う。
その他、「眠る女」「少女」「信仰の寓意」の全部で4点が掲げられていた。
しかし圧倒的に優れていたのはやはり「窓辺で水差しを持つ女」。
350年前に活躍したフェルメールの絵が見たくて、アムステルダムからNYへたどり着いた。
たくさんのフェルメールを見た。
最も優れているのはやはり、マウリッツハイス美術館にある「真珠の耳飾の少女」と「デルフト眺望」、メトロポリタン美術館の「窓辺で水差しを持つ女」だと感じた。
この3点は心を揺さぶられるほど美しい絵であった。
8月2日から上野の東京都美術館でフェルメール展が開催され、7点の作品が展示されるらしい。ぜひ見ていただくといいと思う。
http://www.tobikan.jp/
アムステルダムのファン・ゴッホ美術館へ行った。
前から見たかった「黄色い家」を見た。ぼくの大好きなゴーギャンが、ある時期この黄色い家にゴッホと二人で生活していたという。ゴッホの特徴的な黄色と青が支配する、ゴッホらしい家である。
スリリングな絵は、「カラスの群れ飛ぶ麦畑」。銃で自殺を図る直前に描かれた。まるで自らの死を予告するような絵である。
亡くなる2週間ほど前に描いたもう一枚の絵、「荒れ模様の空の麦畑」にも目を奪われた。嵐をはらんだような空が見える。ゴッホの心の中に吹きすさぶ嵐があったのだろう。静かな青い空に、オランダらしい白い雲が描かれている。
イラクとチェルノブイリの病気の子どもたちの薬代を稼ぐため
「がんばらない」レーベルというNPOのレコード会社を作った。
利益はすべて、チェルノブイリやイラクの医療支援に使われる。
第1弾アルバム「ひまわり」(坂田明)が大ヒットと2万枚の大ヒットとなった。
ジャズではめずらしいという。
ぼくのエッセイがもとになって第2弾アルバム「おむすび」(坂田明)ができた。
42歳のスキルス胃がんのお母さんが、余命3ヶ月という宣告を受けた。
子どもの卒業式まで生きたいとお母さんは願った。
子どものために生きたいという希望が、お母さんの免疫機能に影響を与え、奇跡が起きた。
お母さんは卒業式まで生きた。
そして不思議なことに、さらに1年生きて、末っ子の卒業式まで見届けた。
余命3ヶ月の命が、1年8ヶ月生きたのである。
お母さんはときどき家に帰ると、お勝手に立ち、子どもたちのお弁当を作った。
最後にお母さんが作ってくれたお弁当は、おむすびだった。
久しぶりにお母さんが作ってくれたお弁当を持って学校へ行った。
待ち遠しかった昼休みが来た。
お弁当を広げると、うれしかったはずなのに、
切なくて切なくて、なかなかおむすびに手が届かなかった。
ぜひ聞いてください。
「ひまわり」は静かで癒される曲。
「おむすび」は熱く泣けてくる曲。
ご注文は各レコード店でお願いします。
また、日本チェルノブイリ連帯基金でも受け付けています。
応援よろしくお願い致します。
※写真はレコーディングの模様
| コメント (0)