2016年7月17日 (日)

鎌田實の一日一冊(295)

「注文の多い料理店」(宮沢賢治著、新潮文庫)
宮沢賢治が生前、出版できたのは『春と修羅』とこの作品と言われている。
35歳で亡くなったあと、スポットライトが当たった。
弟・清六さんが作品を大切に保管し、高村光太郎が世に出した。
清六さんの孫の宮沢和樹さんと話した。
帽子をかぶった有名な賢治の写真は、和樹さんの話によると、ベートーベンのまねをして撮ったものだそう。

Photo_2

宮沢賢治はとてもおちゃめな人だったようだ。
『雨ニモマケズ』は、詩として発表したものではなく、自分自身に言い聞かせるために手帳にメモしたものだという。

Photo_2

宮沢賢治は神秘の啓示をうける人だった。
『銀河鉄道の夜』もそうだ。
『注文の多い料理店』に登場する食べられる側の2人は、卑怯な人として描かれている。
卑怯な人々を許せなかったのだろう。
繰り返し宮沢賢治の作品を読んでいると、新しい発見がある。

|

2016年7月12日 (火)

鎌田實の一日一冊(294)

「ガーゴイル 転生する炎の愛」(アンドリュー・デイビッドソン著、徳間書店)
700年という時をかける壮大な愛の物語。
愛は、死のように強く、地獄のように激しい。
700年前から愛し合う二人が出てくる。
その主人公の男が自動車事故で火だるまになり、大やけどを負う。
「私がこのひどく醜い顔と忌まわしい肉体を自分のものとして受け入れたのは、
そのおかけで否応なく自分自身の枠を超えなくてはならなかったからだ。
以前の肉体では自分の枠のなかに隠れることができた」

Photo

ダンテの「地獄編」のように、地獄を乗り越えていく愛の強さが描かれていく。
途中で、作者は狂気にとらわれ別の世界を生きているのではないかと勘ぐりたくなったが、
大陸を超えて広がった物語が見事に一つに集約されていき、すべて作者はコントロールしていたのだということにの気が付いた。
なんと、清少納言も出てきたりするのだ。
「アイシテイル」という日本語も出てくる。
この作者は、5年ほど、日本で英語の教師をしていたのだそう。
はじめは100社以上の出版社に断られたが、デビュー作としては破格の版権料でアメリカの出版社が刊行。
大ベストセラーになった。
「記憶と欲望のはざまの何もないこの空間で長い時を過ごし、このひびわれた文章の帝国をつくり上げた。
いま私はそこに住む」
大やけどを負った男の、献身的に支えてくれた女性への愛の物語でもある。

|

2016年7月11日 (月)

鎌田實の一日一冊(293)

「ピレネーの城」(ヨースタイン・ゴルデル著、NHK出版)

Photo

ゴルデルはベストセラー「ソフィーの世界」の作者。
この作品は、恋愛小説であり、ミステリーであり、哲学書である。
とても切ない。
現実と霊的なもの、宇宙と地球、肉体と魂。
かつて5年間同棲していた二人が、30年ぶりに再会したのを機に、メールをやりとりする。
魂から魂に向けて、文章をつづっていく。
見えないものをどう信用するか、二人の格闘が続く。
グリアム・グリーンの「情事の終わり」では、神の存在を信じるかが語られるが、
この作品は、愛についての小説である。

Photo_2

タイトル「ピレネーの城」は、巨大な岩が浮遊するルネ・マグリットの絵である。
幻想的で、いろんな想像が湧いてくる。
浮遊する岩の上にある城に、どうしたら到達することができるのか。
想像力だけがその方法である。
人間というやっかいな生き物のなかに、どうしたらたどり着くことができるか。
ゴルデル、うまいなと思った。

|

2016年7月 3日 (日)

鎌田實の一日一冊(292)

「求愛」(瀬戸内寂聴著、集英社)
超短編のグッとくる作品。
愛や恋を語る寂聴節は、老化を感じさせない。
人間という、秘密を抱えた不思議な生き物について、考えさせてくれる。
寂聴さん、元気だな。

Photo

|

2016年7月 2日 (土)

鎌田實の一日一冊(291)

「ねこのおうち」(柳美里著、河出書房新社)
柳美里さんの2年ぶりの小説。
この作家のすごさがよくわかる作品だ。
著者が生き物が好きなのは、彼女の作品をたくさん読んできて知っている。
世の中猫ブームで、多くの写真集などが出ているが、写真集だけではわからない猫の大変さや愛が、
美しく描かれている。
ちなみにぼくは猫好きではない。
犬好きでもない。

Bk64a

中盤からぐいぐいと引き込まれ、いろいろなことが仕込みまれていることに気付く。
そして、ついついもう一度読みたいという気持ちになる。
簡単に書かれていたことの裏には、人間と人間の関係があり、人間と猫の関係があり、猫と猫の関係がある。
その一つひとつがベールをはぐように見えてくる。
人間という「秘密」をもった生き物が、どれほど猫に支えられているかがみえてくる。
この作家は、被災地の南相馬に移住した。
そこでお会いしたとき、とても生き生きとしていた。
この作品にも、彼女がもつ生き生きとした力があふれ、読む人に元気を与えてくれる。
二度読み終わって、人間ていいなと思った。

|

2016年6月26日 (日)

鎌田實の一日一冊(290)

「パシュラル先生の四季」(はらだたけひで著、冨山房インターナショナル)
はらだたけひでさんの絵が好き。
以前「週刊朝日」で3年ほど連載したとき、はらださんが鎌田の絵をかいてくれた。
パステル調のこの絵を見るのが毎回、楽しみだった。
哲学者パシュラル先生が、林に入り、迷子の卵を見つけたりする。
特別なストーリーはない。
絵と絵の間にある隙間を、想像力で埋めたくなる楽しい絵本だ。
パシュラル先生が大きな木をくすぐる絵がある。
大きな木は何を感じているのだろう。
パシュラル先生は何を考えて、木をくすぐっているのだろう。

Photo

川のほとりでお昼寝をしたり、自分も一本の木になろうとする。
自然のなかで生かされている自分を感じたりする。
いちばん好きなのは、夜空の窓に梯子をかける絵。
想像力は偉大だ。
疲れたときなど、何度も何度も、見直したくなる。
「意味」は自分でつくればいい。
隙間だらけのいい絵本だ。

|

2016年6月25日 (土)

鎌田實の一日一冊(289)

「産科が危ない 医療崩壊の現場から」(吉村泰典著、角川書店)
著者は日本産科婦人科学会の前理事長で、慶応大学医学部名誉教授。
実に明快な人である。
慶応大学で生殖医療に取り組み、日本の先頭を走ってきた。
非配偶者間人工授精(AID)は、不妊治療をしているクリニックの一大産業になっている。
少子化対策として、国にお金がたくさんあるなら助成をつけてもいいが、
限られた予算ならば、出産育児一時金などをもっと増額したほうが有効だと考え、
出産育児一時金制度を38万円から42万円に増額した。

Photo_2

非配偶者間人工授精は、精子提供者の精子を使う。
そのため、生まれた子どもにしてみれば、自分の父親がわからない。
吉村先生は、精子提供者を秘密にすることが大事だと思ってきたが、
AIDで生まれた子どもが自分の親について悩んだり、親と思っていた人に嘘をつかれていたことに悩んだりしていることを知り、
子どもが希望する場合は、できるだけ経過を説明したほうがいいと、考え方が変わったという。
今は病院も、精子提供者の情報を求められたときにこたえられるよう、きちんと記録を残すべきと考えるようになった。
技術の進歩で顕微鏡受精もできるようになった。
元気がよさそうな精子を顕微鏡下で選んで受精させるという技術である。
しかし、通常の妊娠のように、1億個の精子のなかから卵子に到達することがとても大事だという。
命の尊厳についても考えている。
東日本大震災の後、産科がピンチに陥った。
学会を通して、3つの大きな産科の産科医を長期間サポートしてきた。
対談で、「総合医の研修で、女性の医師が子宮頸がん検診などができるようになれば、産婦人科の負担が少しは減っていくのではないか」と提案すると、
大賛成、そういう新しい時代になってきた、と吉村先生はこたえてくれた。

|

2016年6月 5日 (日)

鎌田實の一日一冊(288)

「呼び覚まされる霊性の震災学」(東北学院大学震災の記録プロジェクト 金菱清編、新曜社)
タクシードライバーが出会った幽霊現象。
たしかにお客さんを乗せて、メーターも倒したのに、後部座席を振り返るとそこに人はいなかった。
幽霊というと「うらめしや」という、この世の恨みをもって出てくるイメージがあるが、
震災の後、報告されている幽霊は違う。
突然、命を絶たれた人の無念の思いを、タクシードライバーたちは受容し、自分のなかに秘めるようにして語らない。
被災地には、多くの慰霊碑が建てられた。
多くは追悼と教訓を記している。
名取市閖上では750人が亡くなった。
行方不明者は40人いる。
その閖上中学の慰霊碑は、死者のことを慈しむような感覚、我が子を抱きしめるような感覚があるという。
遺族は、時々行って死者を抱きしめる。
それはとても大事なことなのだ。

Photo

ぼくたちは緩和ケア病棟で、たくさんの生と死を見てきた。
そこでは4つの痛みをみてきた。
肉体的痛み、精神的痛み、社会的痛み、霊的な痛み。
被災した方たちも、この4つの痛みをもっているのではないか。
霊的な痛みとは、自分の生きている意味や生きがいが失われる、「実存」的な痛みだ。
被災地にはスピリチュアルな痛みがある。
なぜ、我が子ではなく、自分が死ななかったのか、と自分を責める親もいる。
3歳の男の子を亡くしたある母親は、震災から1年後、不思議な体験をした。
子どもを失った親たちとみんなで、子どものことを語り合いながら食事をしてるとき、
息子さんが大好きだった自動車のエンジンが突然かかったという。
だれも触っていないのに。
「きっと息子が、ぼくはここにいるよ、と言っているのではないか」と彼女は語った。
この本を読むと、大切なものを震災で置き忘れ、そして震災に気付かされていることがわかる。
いい本である。

|

2016年6月 4日 (土)

鎌田實の一日一冊(287)

「認知症の私からあなたへ 20のメッセージ」(佐藤雅彦著、大月書店)
51歳で若年性アルツハイマー病と診断され、医師からは施設に入るよう勧められたが、自由に生きたいと思い、一人暮らしを続けている。
少し不便でも、時々間違っても、自由に生きることを選んだ。
自分の病気のことを隠さず、たくさんの仲間から応援を得ている。
孤独を楽しんでいるが、孤立してはいない。
認知症になるとできないことが多くなったが、できないことにこだわらない。
したいことをする、ということにこだわっている。
そんな彼から学ぶことは多い。
「できなくなったことを嘆くのではなく、できることに目を向ける」
「いまの苦難は永遠に続かないと信じる」
「自分が自分であることは何によっても失われない」
いい言葉がたんさん書かれている。

Photo

佐藤さんからは週2回ほど、メールがくる。
彼がぼくのことを気に入ってくれたのは、彼の話をじっくりと聞くからではないかと思う。
「私には私の意思がある」
なのに、認知症という理由で、周囲の人が代わって答えようとする。
認知症の専門医ですら、本人ではなく、家族など周囲の人に問いかける。
本人にとってはつらいことだ。
佐藤さんのすてきな本ができた。
巻末にぼくのエッセイも収録されている。
認知症の人にも、家族の人にも、介護のプロの人にも読んでもらいたい。
認知症とは何か、目からウロコである。
そして、彼の生き方は認知症があっても、なくても、参考になる。
生きる哲学がたくさんある本である。

|

2016年5月29日 (日)

鎌田實の一日一冊(286)

「政府は必ず嘘をつく増補版」(堤未果著、角川新書)
著者の話は衝撃的だ。
2002年に導入された住基ネットは、2000億円もの税金が投入されたにもかかわらず、14年経った今も住基カードの普及率はたった5パーセント。
いったい、これだけの税金はだれの役に立ったのか。
地方自治情報センターに総務省から天下りした役員たちに高額報酬があり、批判が集まりだしたときに、渡りに船とばかりにマイナンバーが登場した。
2015年にさらに700億円の予算を計上してマイナンバーが始まった。
日本はこんな無駄なことをやっている余裕があるのだろうか。

Photo_3

著者は、国民皆保険制度の存続危機にも警鐘を鳴らす。
政府は、国民皆保険制度をつぶさないと何度も強調している。
TPPで、アメリカの高額な新薬が持ち込まれ、日本で消費されても、
国民皆保険制度があるため、高くても新薬は使われる。
だが、医療費が膨大になり、将来的に高い薬が保険外になったりしたら、
民間の保険会社にでも入らなければ、十分な医療が受けられなくなる。
すでにがん保険は、アメリカのものが日本を制圧している。
ISDS条項が妥結されると、これからとんでもないことが起きてくる。
現在、中医協が薬価をコントロールとしているが、そこへアメリカが介入してくる可能性がある。
国民皆保険制度は守られても、アメリカのグローバル企業が好き放題をしていく。
おもしろくて、怖い本である。

|

より以前の記事一覧